バッドジンクス×シュガーラバー
「あのっ、久浦部長……私たちは、今からどちらへ向かうんですか?」



……たしか、いつかの“市場調査”のときも同じようなことを口にしていたな。

ここに至るまで小糸は自分の気持ちを切り替えるのに必死だったのか、終始無言でもくもくと俺の後ろを歩いていた。

けれども地下駐車場へとたどり着き、社用車の助手席に落ちついたことで少しは余裕ができたのかもしれない。

いや、余裕はないのか。だからこそ、ここ最近の逃走劇を忘れ、こうして俺と普通に会話しているのだろう。

そんなことを考えつつ、エンジンをかけて口を開く。



「静岡だ。……【茶匠 ひさうら園】という店に向かう」



シートベルトを引く手を止めた小糸が、勢いよくこちらに顔を向けたのがわかった。



「静岡?! って、え、ヒサウラ……って」



さすがに勘づいたらしい。彼女が皆まで言うより先に、無意識で眉間にシワを寄せつつ答える。



「俺の実家だ。ここからは、道が混んでなければ2時間強だな」

「え、それは……え?」

「出発するぞ」



混乱しつつも小糸がシートベルトをしっかり着用したのを横目で確認し、ルームミラーの角度もチェックしたのち車を発進させた。

彼女の戸惑いは当然だろう。実のところ、これは俺の中でもかなり奥の手なのだ。

到着したあとのことを考え、引き結んでいるはずの唇から自然とため息がこぼれた。

とはいえ、助手席に自分にとって特別な人物を乗せているこの状況で、気もそぞろな危うい運転はできない。

邪念を振り払ってとにかく今は無事にたどり着くことだけを目指そうと、俺は運転に集中し始めた。
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