バッドジンクス×シュガーラバー
「あ? おい小糸、」

「すっ、すみませんでした、お先に失礼します……!」



足もとに置いていたバッグを引っ掴む。

やはり顔は合わせられないままお辞儀と挨拶だけはかろうじてこなし、慌ただしくミーティングルームを出た。

幸い、部長が後を追ってくることはなかった。

足早にエレベーターホールを目指しながら、未だドクドクと速めの鼓動を刻む胸に片手を押しあてる。

久浦部長、絶対変に思ったよね。

かなり失礼な態度をとったうえ逃げてきてしまったけれど、また明日叱られてしまうだろうか。

ああ、それもまずい。また今日みたいに、ふたりきりで呼び出されたりしたら……。

そこまで考えて、肺に溜まった重い空気を盛大に吐き出す。

……あんなふうに近い距離で男の人の顔をまっすぐ見たなんて、いつぶりだろう。

頭に思い浮かぶのは、つい先ほど間近で見たばかりの部長の精悍な顔。
とっさにかぶりを振って、その記憶を思考から追い出す。

どうしよう。久浦部長とあんな密室で話をして、近づいてしまって……大丈夫、だろうか。

ひたすら足を動かしながら、ぶるりと身震いする。

胸にあてた左手を、無意識にきつく握りしめていた。
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