バッドジンクス×シュガーラバー
けれども、その日の14時過ぎ。



「小糸。今、何か急ぎの仕事抱えてるか?」



久浦部長が私のデスクの傍らに立ったかと思えばいきなりそんなことを言われ、一瞬ポカンと固まってしまった。

すぐに我に返って、言葉を返す。



「あ……いえ。急ぐものは、特に」

「そうか。じゃあ、これから外出するから準備しろ」



言うが早いかさっさと踵を返した部長に、私の「はい?」というつぶやきは届かなかったらしい。

え、外出? 今から? どこに?

……久浦部長と、私で?



「憂依ちゃーん、早く支度しないと。あの人容赦なく置いてくからね」



えみりさんのからかうような声が、現実へと引き戻す。私は慌てて、デスク上の書類や筆記用具を片付けた。

開いていたパソコンのファイルは保存し、スリープモードへ。それから、デスクの下に置いていた通勤用のバッグを手に取る。



「えと、すみません、外出してきます……」

「はいよー」



相変わらず軽い調子で片手を挙げるえみりさんに会釈し、急ぎ足でオフィスの出入り口へと向かう。

久浦部長は、ドアを開けてすぐの壁にもたれるようにして立っていた。やってきた私に気づき、身体を起こす。



「よし、行くぞ」

「は、はい」



うなずいて前を歩くその背中を追うものの、これからどこへ行くのか、なぜ連れて行くのが私なのか謎のままだ。

こないだの試作品のときもそうだったけど、久浦部長ってかなり強引な性格だと思う。

けれども私は脳内に渦巻く疑問を、ましてやたった今考えた部長に対するイメージもぶつけることはしなかった。

……男の人には、極力自分から話しかけない。

これは私が今まで生きてきた中で、呪文のように胸の中で唱えながら実行してきたことだから。
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