バッドジンクス×シュガーラバー
エレベーターに乗ることも忘れ、思わずその場で足を止める。



「ひ……さうら、部長……?」



口からこぼれたのは、途切れ途切れの何とも情けない声だ。

数歩先で同じく立ち止まった久浦部長が、私を見つめて可笑しそうに目を細める。



「なんだ、そんな幽霊にでも会ったような顔して。まさか、俺がいない間に何か問題でも──」



上司が話している途中だというのに、構わずツカツカと歩み寄る。

勢いのまま、両手でその胸もとを掴んだ。



「ほっ、本物……っ?! 本物の久浦部長ですか?!」

「偽物の自分が存在するなら、俺の方こそ会ってみたいが。間違いなく本物だ」



まったくもって自分らしくない今の私の言動に一瞬驚いた顔をしつつも、久浦部長が答えた。

未だ信じられない思いで目の前の人物を見つめる。

すると部長は、胸もとを掴む私の手にそっと自分の手のひらを添えた。



「とりあえず、今は離れた方がいいんじゃないか? 人が通るぞ」



笑みを含んだセリフで我に返り、慌てて手を振り払って距離を取る。

一旦離れながらも、また久浦部長の顔を見上げて──その瞬間、堰を切ったようにボロボロと涙がこぼれ落ちたから、気づいた部長の方がギョッとした。
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