バッドジンクス×シュガーラバー
「はっ?! おい、小糸」

「うっ、うう~~~」

「待て、一体何が……ああくそ、こっちに来い!」



堪えきれず嗚咽まで漏らし始めた私の左手首を、久浦部長が掴む。

それから私の顔を晒さないようにするためか、反対の手を後頭部に回して自分の胸に引き寄せると、そのまま歩き出してどこかへと連れていく。

たどり着いたのは、重い扉を隔てた非常階段だ。

ガシャンと音をたて、背後で扉が閉まる。

私の両肩に手を置いて長身を屈めた久浦部長が、顔を覗き込んできた。



「どうした、急に。どこか痛むのか?」

「ひ、久浦、部長が……っ」



心配そうな表情で訊ねられ、その優しい言葉にますます涙をあふれさせながら、私はなんとか口を開く。



「部長が、無事で……っよ、よかったあ」



言いながら、左肩に置かれた大きな手を自分の右手でギュッと掴んだ。

すぐ眼前の久浦部長が、不意を突かれたように目を丸くする。

それからすぐ「ハッ」と息を吐き出しながら、口もとを緩めた。



「そうか。俺がなかなか出社してこないから、不安だったのか?」



声にならず、コクコクとうなずく。

なぜだか久浦部長は、うれしそうに笑ってそんな私を見つめていた。
< 55 / 241 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop