バッドジンクス×シュガーラバー
「そうだ、吉永さん──マーケ部の吉永さんはどこだ?」

「ああ、彼女なら少し前に『体調が優れないのでお先に失礼します』と言って帰ったけどね」



すぐそばにいたマーケティング部長にのんびりした口調で返され、八方塞がりになった俺はうっと言葉に詰まる。

まあ、吉永さんがいたとして、どちらにしろ女性ふたりで帰らせるのは危ないが……。

覚悟を決め、こめかみを押さえながら小さく息をついた。



「……わかった。二次会に繰り出す連中は、くれぐれもハメを外しすぎないように。俺は小糸を送ってそのまま帰る」



俺の言葉に、周囲から口々に素直な返事や「え~久浦部長は行かないんですかー?」なんて軽い調子の不満の声が上がる。

それらを聞き流しながら身体を屈めると、改めて小糸の傍らにひざをついた。



「小糸、帰るぞ。立てるか?」



規則正しく上下していた背中が、ピクリと震えて反応する。

ゆっくり顔だけを動かしてこちらを向いた彼女の、やけに潤んだ目と視線が絡んだ。



「ひさうらぶちょう……?」



その、うっすら開いた涙目と熱っぽい掠れ声だけで、俺の心臓は簡単に早鐘を打った。

人知れずゴクリと生唾を呑み込み、なんでもない風を装って話しかける。



「飲みすぎだ。タクシーで送るから、とりあえず立ってみろ」

「はい……」
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