俺様御曹司はウブな花嫁を逃がさない
営業用の微笑みを浮かべる陽に一瞬見惚れていた長谷川は、名刺を受け取ると「長谷川と申します。よろしくお願いします」と慌てて頭を下げた。
エトワールの従業員や身内には塩対応の陽だが、当然、クライアントの前ではデザイナー御子柴陽としてきちんと振る舞っている。
紬花があゆみから聞いた話では、二年ほど前、花嫁が陽にひとめぼれをしてしまい、揉めたことがあったらしい。
そのせいで結婚は白紙、ドレスのオーダーもキャンセルとなったのだとか。
「あの、御子柴さん……お怪我を?」
「ええ、事故に遭いまして。完治まではアシスタントである彼女、橘にデザイン画の作成などを手伝ってもらっています」
「そうなんですね……お大事になさってください」
「ありがとうございます。ご依頼いただいた際は、ご迷惑はおかけしないよう努めますのでよろしくお願いします」
陽が一笑すると、長谷川の頬がうっすらと赤らむ。
そのことに陽は気付いているが、見ない振りをして紬花に視線を移した。
「話はどこまで?」
説明を促された紬花は、和をテーマとしたウェディングドレスを前提とし、長谷川がお色直しをせずにいる予定であることを伝える。
あとは紬花が持ってきたツーウェイのドレスを見て流れを悟り、陽は「なるほど」と来客スペースに設置されている棚から過去のデザイン画集とウェディングドレスのカタログを取り出した。
「現在店頭にありませんが、和をモチーフに製作したドレスはいくつかあります。着物の生地を使ったドレスや、逆にウェディングドレスをモチーフにした打ち掛けも手掛けました。長谷川様のご希望は、どちらのイメージでいらっしゃいますか?」
「ウェディングドレスモチーフの打ち掛けなんて初めて聞きました。でも、式場のことを踏まえると……」
長谷川の要望を聞き、紬花はヒアリングシートに記入していく。
ふと、長谷川に提案していく陽の端整な横顔を見て、うっかり紬花の脳裏に浴室のことがかすめた。
(こんな綺麗な顔した人とキスしたなんて、やっぱり夢としか思えない)
いっそ夢かどうか本人に確かめてみたい気持ちに駆られ、けれど今は仕事中なのだと心の中で自分を叱咤し、気を引き締め直す。