俺様御曹司はウブな花嫁を逃がさない
(受け身を取れば!)
咄嗟に発動したネバーギブアップの精神で、最悪の事態を免れようとしたのだが、残念なことに紬花は受け身の取り方など知らない。
時間を止めてスマホを手にし、Googleで『階段から落下』『受け身の取り方』などと検索できるわけもなく、紬花の体は一番下まで転がり落ちた……のだが。
不思議と、体に大きな痛みは感じられなかった。
それどころか、コンクリートの冷たさや固ささえも感じず、不思議に思った直後、頭上、それもかなり間近から「う……」という息を漏らしたような呻き声が聞こえ、紬花は事態を確認すべく顔を上げ、目を見張った。
『みっ、みこ、しばさん?』
紬花の細く柔らかな髪がはらりと一房落ちて揺れると、陽は鼻筋の通った端正な顔を苦痛に歪めた。
『無事、か?』
『は、はいっ……私は無事です、けどっ、私もしかして御子柴さんを巻き込んで……?』
『俺が勝手に手を伸ばしただけだ。だが、次からは足元しっかり確認して上れ、おっちょこちょい女め』
毒付いた陽の額には汗が滲んでおり、紬花は昔、自分の弟が同じような状態になった時のことを思い出した。
(あの時、あの子は足を骨折してたはず)
では、もしかして陽もと考え至ったところで、救急車を呼ばねばならない事態だと気づき、転がっていたスマホを急いで手に取った。
そして翌日──。
全治二ヶ月の右腕骨折と診断された陽の腕は包帯を巻かれ、エトワールの皆を驚かせたのだった。