俺様御曹司はウブな花嫁を逃がさない
「そのドレスが、橘に目標を与えたのか?」
「そうです。本当にひとめぼれでした」
「そう、か……まさかそのドレスが、お前を俺の元に導いたとはな……」
嬉しそうに目を細める陽に、紬花は不思議そうに小首を傾げる。
「御子柴さん?」
何故、陽が笑みを零しているのか。
理由がわからずに瞬きを繰り返す紬花に、陽は微笑みを乗せたまま「橘」と名を呼んだ。
「はい」
「長谷川さんのオーダー、お前がチャレンジしてみるか?」
心臓が跳ねたのは、驚きか、緊張か、それとも向けられた笑みの魅力にか。
寝起きだった紬花の脳が一気に覚醒し、背を正す。
「えっ……でも、私はまだド新人ですよ!?」
独り立ちもできていないアシスタントの身分。
チャレンジできるのは嬉しいけれど、任されるにはまだ時期尚早なのではと戸惑う紬花に、陽は散らばっているスタイル画を拾い上げた。
「いいものいい人材を活かし、エトワールを成長させ会社の利益に繋げるのが俺の仕事だ」
エトワールの専属デザイナーというだけでなく、副社長の肩書も持つ陽。
ただの思い付きでチャレンジさせるわけではない。
紬花のデザインしたものを見て、いけるだろうという確信があるから提案しているのだ。
「何かあれば俺がフォローしてやるからやってみろ」
言葉にいつものようなそっけなさや棘はなく、頼れる上司としての励ましに背を押され、紬花の心が前を向いていく。
長い睫毛に縁どられたダークブラウンの瞳に力が宿り、紬花は気合十分に頷いてみせる。
「はい、やらせてください!」
エトワールの一員として必ずいいものを作り、クライアントを世界一素敵な花嫁にするお手伝いを。
決意し、さっそくノートを広げテーブルに向き直る紬花に、陽は「あまり根は詰めすぎるなよ」と声をかけ、コーヒーを淹れるとアトリエへと戻っていった。