俺様御曹司はウブな花嫁を逃がさない

「そうだ、橘さん。初めての採用記念に今夜食事でもどうかな? ご馳走するよ」


あえて陽の前で誘う博人に、陽は内心で舌を打った。


(どうやら兄さんは本気で俺と争うつもりらしい)


諦めるつもりはないという博人の言葉は冗談ではなかった。

ならば、全力で阻止をしなければならない。

……だが、と陽は踏みとどまる。


(もしも、橘が兄さんに興味を持ったとして、本来、俺にはそれを邪魔する権利はない)


自分は紬花にとってはただの上司だ。

兄に渡したくないからと、紬花のプライベートを自分勝手に制限するのは間違っている。

陽の家に居候しているのも、陽を慕っているからではなく、申し訳ないという気持ちがあるからだ。

結局のところ、自分の気持ちは今も紬花にあるが、紬花は……と、もどかしい想いを抱えながら紬花に視線を移す。


「そんな、まだ採用されただけですし」


奢っていただくなんてとやんわり断りを入れる紬花に、陽は内心で安堵の息をついた。

このまま話を終わらせてしまおうと、「橘、行こう」と紬花を連れてオフィスに戻ろうとしたのだが。


「お、御子柴君もお祝いに参加? それなら私も参加したいですー、社長」


勘違いしたあゆみの返しにより、事態は思わぬ方向へと転がってしまった。


「おい! 俺はそういう意味で」

「もちろん、廣崎さんも陽も一緒に飲もう」

「やった」


焦り訂正する陽の声は博人とあゆみの会話に遮られた。

行かないと、勘違いだとハッキリ断ればいいのだが、あゆみが「楽しみだわ、ゆいちゃんと飲むの久しぶり」と紬花の参加を決めてしまい、紬花も「そうですね」となんだかんだ楽しみな素振りを見せているので声に出し辛くなり……。


(きっと、俺が行かないと言えば橘も遠慮するだろうな)


世話があるからと気にして断るのも想像できて、陽は仕方なく参加する流れに乗ったのだった。


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