基準値きみのキングダム
「え」
「よく考えれば、メリットあったかも」
「な、なに?」
「森下と話せるじゃん。距離も多少は縮まるじゃん?」
「……っ、な」
「せっかくクラスメイトなんだし、親睦深めとかないと、的な」
……。
や、ほんとに、なんなの、このひと。
親睦深めとかないと……じゃなくて!
「深見くんって」
「うん?」
「発言がチャラくてチャラくてチャラい」
うわあ、またかわいくない発言をしてしまった。
内心落ちこみつつ、でも、これは本音でもある。
『どきっとした』と言えたなら、可愛げのひとつやふたつ、あったかもしれないけれど。
「あー、そうかも、たしかに」
「自覚あるんだ……」
「でも、別に誰にでも言うわけじゃない」
「……え」
「勘違いされたら困るしな」
うげ、と深見くんが眉間にシワを寄せる。
勘違いによるイザコザに悩まされてきたんだろうな、今まで、たくさん。深見くんを好きになる女の子、いつまでも絶えないもんね。
というか、勘違いされたら────ってことは、私のことは。
……勘違いしないとでも思われてるんだろうな。
そうだよね、恋なんて甘い夢を見なさそう、それが “森下杏奈” に定着したイメージだもん。
「……あ、ここ、私の家」
「何階?」
「2階だよ」
そうこうしているうちに、私の家まで到着。
もともとあのスーパーからそんなに距離があるわけではないけれど、なんとなく体感時間がいつもより短かった気が……。
「きょーすけくん、部屋は206!」
京香が深見くんの腕をぐいと引く。
家賃の低さが唯一の魅力のおんぼろアパート、206号室。
それが森下家の質素な住まい。
「森下ってきょうだい、妹ひとり?」
「ううん、もうひとり────」
鍵穴に鍵をさしこんで、ガチャガチャ、と回す。
私が扉を開けるより先、見計らったように内側から扉がひらいた。
「姉ちゃん、京香、おかえり────っと」
ひょこ、と顔を覗かせた学ランの男の子。
中学2年生の弟、奈央が、私のうしろに立つ深見くんを見つけて、目を丸くする。
「……姉ちゃんの、彼氏っすか?」
「奈央! ばか!! ちがうからっ!!!」