基準値きみのキングダム
引越しの準備だよね。
そっか、もうすぐ恭介は大学のそばに引っ越してしまうんだ。
遠距離というほどじゃない、会いに行こうと思えばすぐに行ける距離、だけど。
今ほど、簡単には会えなくなる。
スーパーに行って、偶然ばったり……というのも、今後はなくなってしまう。
それは、寂しい────としょんぼりしかけた、そのとき。
「はい」
「……え? 鍵……?」
「新しく住む場所の鍵」
「これ、恭介の?」
「じゃなくて。合鍵。杏奈の」
もらって、と握らされる。
手のひらに収まった金属の感触に、息をのんだ。
はくはくと口を動かして、声にならない声を上げる私に、恭介は優しく笑う。
「いつでも使っていい。俺がいるときでも、いないときでも、自由に出入りしていいからさ。お守りみたいに持っててよ」
「……っ」
これからもそばにいていいよ、と言葉だけじゃなく形で証明してくれるから、寂しさなんてどこかに吹き飛んでしまった。
「ありがとう」
新しい春が来て、夏が通り過ぎて、秋が訪れて、冬を駆け抜けて、そうしてまた春がやってくる。
時間は待ってくれない、季節は巡っていくけれど。
「杏奈。……好き」
新しい季節も、これからずっと、きみのとなりにいたい。
END