基準値きみのキングダム
「深見くんは、助けてくれただけなの。さっきそこのスーパーで会って……、私の荷物がすごかったから持ってくれて」
「うっわ、マジじゃん、すげー荷物。こんなことなら、俺のこと呼べばよかったのに」
「う、それは……」
「姉ちゃんは遠慮しすぎなんだよ」
呆れた目をした奈央が、深見くんからずっしりとした買い物袋を受け取った。
「ありがとうございました、姉ちゃん、油断するとすぐこーなるんで。助かりました」
「いや、俺は別に」
「ありがとうございました」
深々と頭を下げる奈央。
────ああ、なんだ。
礼儀がどうとか、思ったりしたけれど、奈央もちゃんとしっかりしてる。
結局「ありがとう」のひとことがいつまでも出てこないのは私だけなのだ。
「じゃ、俺はそろそろ」
深見くんがくるりと踵を返す。
帰ってしまう、引き止める理由もない。
明日学校でまた会うけれど、話しかける理由もない。
ここで別れてしまえばきっと、もうなにもなかったことになって、今日の「ありがとう」も伝えそびれて……。
喉元までせりあがっているのに、肝心の声が出ない。
きゅっと唇を結んだとき。
────ぎゅるるるる……。
「へ」
盛大なお腹の音。
空腹をしめす、その音の出どころは。
そろり、視線を動かした先には、深見くん。
ちょっと気まずそうに照れ笑いした深見くんに、考えるより先に口が動いていた。
「ごはん、食べていかない?」
そう、それはとっさに。