基準値きみのキングダム
(1): かわいくないオヒメサマ
♡
𓐍
𓈒
「ほんっとかわいくねーなあ」
びくり、と肩がふるえて反応してしまう。
どうして、ひとの話し声ってこんなにもクリアに聞こえるのだろう。全然、ひとつも、聞きたいとは思っていないのに、勝手に耳に飛びこんでくる。
ああ、もう、シャットアウトできたらいいのに。
両手で今すぐにでも耳を塞いでしまいたい。その衝動を、シャーペンをぎゅうっと握ってこらえた。
「このクマ、めちゃくちゃ凶暴な顔してね?」
「や、そういうキャラだっつーの」
「恭介、スタンプの趣味悪。つうか、マジでいちいちビビるんだよ。ライン開いたらこのイカついクマとめちゃくちゃ目合うし」
「俺それしかスタンプ持ってねーんだわ、悪いけど」
なんだ、スタンプの話だったのか。
勝手に盗み聞きしておいて、勝手にほっと胸を撫で下ろす。
無意識にぴたっと止まっていた手を動かした。シャーペンを走らせるのはアンケートの集計の紙の上。
『森下』
『……、はい?』
『今日、このあとちょっと時間あるか。折り入って頼みたいことがあるんだが……』
ホームルームのあと、先生が “折り入って” なんてかしこまったことを言ってくるから、流れるように頷いてしまった。それに、ほんとうに困ったような顔をしていたから。
『よかった、助かるよ。森下はしっかりしてるからなあ、安心して任せられる』
へらりと相好を崩した先生がそのあと、ぽん、と寄越したのはあろうことかアンケート集計などという雑用中の雑用。
“しっかりしてるから” なんて、きっと口実だったんだ。誰にでもできる仕事で、たまたま目についてひまそうに見えたのが、私だったんだろう。
こんなことなら、ちゃんと断ればよかったな。
「ふー……」
深くため息をつく。
ついてないなあ、とこういうとき、思う。“運” とか “巡りあわせ” とか、そういった類のものを、いつもどこかで手放してきてしまっている。
タイミングも、要領も悪い。
器用に生きられない、いつもなにかで手がいっぱいいっぱい。
壁かけ時計をちらりと確認して。
「うわ」
どうしよう、早く終わらせないと。
こんなところでいつまでも、アンケートの集計なんて、している場合じゃなかった。
6時までには京香を迎えに行かなきゃだし、学童まではここからダッシュでも20分はかかる。6時半には奈央が帰ってくるはずだからそれまでに夕飯を作らなきゃ。
ああ、どうしよう、献立も考えていないし……そういえば、卵と牛乳が切れていたんだっけ、タイムセールを狙ってスーパに行かなくちゃ────。
「森下」
𓐍
𓈒
「ほんっとかわいくねーなあ」
びくり、と肩がふるえて反応してしまう。
どうして、ひとの話し声ってこんなにもクリアに聞こえるのだろう。全然、ひとつも、聞きたいとは思っていないのに、勝手に耳に飛びこんでくる。
ああ、もう、シャットアウトできたらいいのに。
両手で今すぐにでも耳を塞いでしまいたい。その衝動を、シャーペンをぎゅうっと握ってこらえた。
「このクマ、めちゃくちゃ凶暴な顔してね?」
「や、そういうキャラだっつーの」
「恭介、スタンプの趣味悪。つうか、マジでいちいちビビるんだよ。ライン開いたらこのイカついクマとめちゃくちゃ目合うし」
「俺それしかスタンプ持ってねーんだわ、悪いけど」
なんだ、スタンプの話だったのか。
勝手に盗み聞きしておいて、勝手にほっと胸を撫で下ろす。
無意識にぴたっと止まっていた手を動かした。シャーペンを走らせるのはアンケートの集計の紙の上。
『森下』
『……、はい?』
『今日、このあとちょっと時間あるか。折り入って頼みたいことがあるんだが……』
ホームルームのあと、先生が “折り入って” なんてかしこまったことを言ってくるから、流れるように頷いてしまった。それに、ほんとうに困ったような顔をしていたから。
『よかった、助かるよ。森下はしっかりしてるからなあ、安心して任せられる』
へらりと相好を崩した先生がそのあと、ぽん、と寄越したのはあろうことかアンケート集計などという雑用中の雑用。
“しっかりしてるから” なんて、きっと口実だったんだ。誰にでもできる仕事で、たまたま目についてひまそうに見えたのが、私だったんだろう。
こんなことなら、ちゃんと断ればよかったな。
「ふー……」
深くため息をつく。
ついてないなあ、とこういうとき、思う。“運” とか “巡りあわせ” とか、そういった類のものを、いつもどこかで手放してきてしまっている。
タイミングも、要領も悪い。
器用に生きられない、いつもなにかで手がいっぱいいっぱい。
壁かけ時計をちらりと確認して。
「うわ」
どうしよう、早く終わらせないと。
こんなところでいつまでも、アンケートの集計なんて、している場合じゃなかった。
6時までには京香を迎えに行かなきゃだし、学童まではここからダッシュでも20分はかかる。6時半には奈央が帰ってくるはずだからそれまでに夕飯を作らなきゃ。
ああ、どうしよう、献立も考えていないし……そういえば、卵と牛乳が切れていたんだっけ、タイムセールを狙ってスーパに行かなくちゃ────。
「森下」