基準値きみのキングダム
「へ、あっ?」
アンケート用紙の上に、突然、ふっと影が落ちる。
すっかり考えごとにふけっていたら、反応が遅れてしまった。呼ばれた名前に、数秒遅刻で顔を上げると。
「……っ、深見、くん?」
びっ、くりしたー……。
そこにいたのは、まったく予想外のひとだった。
動揺を隠しつつ、平静を装いつつ、アッシュブラウンの髪の彼の名を口にする。
────深見くん。
深見 恭介、この学校では名前を知らないひとはいないんじゃないだろうかというほどの有名人だ。
それは、その容姿が理由の半分以上を占めている。
ゆるくパーマのかかったアッシュブラウンの遊びをきかせた髪といい、色素の薄い瞳といい、すうっと通った鼻筋といい、まるで異国の王子さま。
入学したときから、ずっと、注目の的。
いやでも耳に入ってくるうわさ話のなかには、深見くんにまつわるものも少なくなかった。
深見くんに告白したとかふられたとか、難攻不落だとか、特定の彼女をつくらないのは本命の女の子がいるからとか、はたまた遊び人だからとか────。
聞こえてくるうわさたちは矛盾だらけ。
本当のことはなにひとつ知らないまま、女の子たちはきゃあきゃあ騒いでいて、それを横目に見ながら、ミステリーだ、と思っていた。私にとって、深見くんとは、謎そのもの。
「それ、アンケートの集計?」