基準値きみのキングダム
「あ……、うん」
「原田センセーに捕まったのか」
「……うん」
「あのセンセ、人使い荒いよなー」
「うん」
心地よいテノール。
深見くんって、こんな声をしていたんだ。程よく低くて、鼓膜の奥までしっかり届く深い声。知らなかった。深見くんとは3年生になって、クラスメイトになったけれど、まともに話したことがなかったから。
なぜか、深見くんが私に話しかけてくれている。
どう考えてもイレギュラーな事態に、頭は混乱してしまって、こくり、こくり、と頷くことしかできない。
これじゃあ、ししおどしとなにも変わらない。
「残り、こっちの山?」
「うん」
「俺も手伝う」
「……え」
カタン、と椅子の音。
周りが静かだからか、ちょっと大げさなくらい響く。
でもそんな音、少しも気にならないくらい、衝撃的だったのは、深見くんがすとんと当たり前のように私の真正面に腰を下ろしたこと。
「これ、こっちの紙に正の字書き足してったらいい?」
「ちょっ、しなくていい!」
「うお、っと」
深見くんの手からプリントの束を奪い返す。
「深見くん、用事あったんじゃないのっ?」
「用事?」
「図書室に」