基準値きみのキングダム
「へー、そうなんだ」
勝手なイメージで、上林さんはもっと食い下がってくるかと思ったのだけれど、案外あっさり引き下がる。
代わりに。
「じゃあ、昼休みは?」
「昼休みは……特に、何も」
いつも、教室でお弁当を食べる私のところに、深見くんがやって来るくらいで。
「なら昼休みで決まりね。人は美沙が集めとくから、昼休み、教室で待ってて。呼びに行くから」
「……はあ」
「あと、“森下さん” っていちいち呼ぶのけっこう鬱陶しいから、杏奈でいい? 合ってるよね、名前」
勢いにおされて、こくりと首を縦に振る。
頷いてしまったけれど。
昼休み? 今日の?
一緒に過ごすってこと……?
「次体育でしょ? 急ぎなよ、チャイム鳴るよ。私が引き止めておきながらなんだけど」
じゃあまた、ってひらひら手を振る上林さん。
手を振り返すだけの余裕を持ち合わせていない私は、曖昧に会釈して立ち去ろうとするけれど。
「あ、待って、一番大事なこと言い忘れてた」
上林さんの細い腕に、ぐい、と肩を掴まれた。
思ったより、力が強い。
上林さんみたいな女の子なら、力が強いのも、たぶんギャップになるんだ。
いいなぁ、とまた思ったタイミングで。
「私は、恭介くんのことが好きだから」
一方的に宣言して、くるりと背中を向けた。
一瞬、ふわっと香水が香って、それはすぐに消える。
まるで台風。
シャボンの甘い香りを乗せて吹き荒れる風が、私の心に波を立てた。