求愛一夜~次期社長とふたり暮らししています~
「そうだね。入ろうか」

色っぽく誘ったつもりはないのだが、彼の目が情欲に濡れたようになった。

肌にタオルを巻きつけ、湯気を立ち昇らせた風呂にふたりで浸かる。
日が落ちて辺りは真っ暗だ。それがまたいい。

耳にそよぎ込む波音と、鼻を掠める檜の香りに心まで癒されていく。
風呂に背を預けてゆったりと足を伸ばし、満天の星空を仰ぎ見た。

「星が綺麗だねぇ」

吐息交じりに言う。が、横並びに座る彼は無反応だ。

「綺麗だね!」

今度は声を張ってやると、上原課長が驚いたように私を見た。

「えっ? ごめん、ぼけっとしてた……」

そうでしょうね!

彼は旅行の間ずっとこんな感じ。
遥々温泉地まで泊まりに来たというのに、どこか上の空でいる。

どうしたんだろう。いまは私のことだけを考えて欲しいんだけどな。

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