政略結婚は純愛のように~狼社長は新妻を一途に愛しすぎている~
「まぁでも副社長くらいの男が、何にもなかったとしたら逆に怖いですもんね。」

 奈々がボールペンで自分の顎を突きながら言った。

「彼が加賀家の御曹司ってことは彼を取り囲む大抵の人は知っているもの。それに加えて、あの見てくれに社会的地位…周りは放っておかないわ。大体は女の方に言い寄られて付き合うんだけれど…あまり長続きはしないわ。それで別れたら、また別の女に言い寄られて…。その繰り返しね。」

長坂はため息をついて首を振った。

「ひぇーうらやましい。でもそんなに引く手数多なのになんでまだ独身なんでしょう。いっそのこと結婚してくれれば私に対する風当たりも弱くなるのに。」

 何気なく奈々が言うことに由梨の胸がどきりと鳴った。
 今までの由梨だったらなんとも思わなかったてあろう話題になんだか過剰に反応してしまう。

「そりゃあ、彼は普通の家の人ではないのよ。自分が好きだからというだけで結婚はできないのよ。…加賀家に相応しい相手を探しているんじゃないかしら。」

 由梨の胸が今度はキリリと痛んだ。
 加賀は由梨を好きだというわけではなくても加賀家には相応しいと思ったのだろうか。

「ここだけの話。」

 長坂が一段声を落とした。
 後の二人もそれに合わせて耳を寄せた。

「今度こそ殿も年貢の納めどきだって言われているのよ。」

「…どういう意味ですか?」

 由梨は思わず聞いた。
 長坂は由梨が興味を示したことに若干の驚きを見せつつ話を続ける。

「加賀家の人間が北部支社の社長になるっていう話は、この街の人間は大歓迎だけれど、…今井家の方ではそうとは限らないでしょう?」

 長坂は由梨を横目に見た。
 由梨はなんと言っていいかわからず曖昧に微笑む。

「だから殿が今井家の娘と結婚するんじゃないかって噂があるの。そうすれば殿は一応は今井家の縁つづきってことになるもの。」

 もうそんな噂があることに由梨は驚きを隠せない。
 そして加賀が結婚のことを言い出したときにすぐにこのことに思い当たらなかった自分を恥じた。
 こんなにすぐに噂になるくらい誰にだって思いつくことなのに。
 やっぱり自分はぼんやりで世間知らずだ。
 加賀にはふさわしくない。

「今井家には年頃の娘さんが沢山いらっしゃるでしょう?」

 長坂が由梨を試すように見た。
 由梨は俯いて頷く。
 本家と呼ばれる今井家の敷地内にいる者だけでも5人くらいはいるはずだ。
 由梨は従姉妹たちの顔を思い浮かべた。
 そしてあることに気がつく。
 加賀が結婚についての判断を由梨に委ねた訳だ。
 加賀は結婚するかどうかは由梨が決めて良いと言った。
 社長になることは決まっているのに。
 由梨が断ったらどうするのだろうなどと思い上がったことを考えていたが、どうするもこうするもない。
 加賀にとっては痛くもかゆくもないことなのだ。
 たとえ由梨が断ったとしても由梨の代わりはいくらでもいるのだろうから。
 従姉妹たちは由梨にこそ良い顔を見せにないが、皆美しい。
 もしかしたら加賀は由梨が断ることを期待しているのかも…。
 そんな卑屈な考えが頭に浮かんだ時。

「我が社の秘書室は新社長の縁談の心配までしてくれるのか。…ありがたいことだ。」

 低音だけれどよく通る声が聞こえて、三人ともが一斉に声のする方を振り向く。
 加賀が腕を組んでドアにもたれかかっていた。
< 10 / 63 >

この作品をシェア

pagetop