政略結婚は純愛のように~狼社長は新妻を一途に愛しすぎている~
「本日は、お疲れ様でございました。」
前の週に泊まった加賀家の客間で由梨は秋元に着物を脱ぐのを手伝ってもらっていた。
着付けと着物の管理くらいは由梨にもできるが、今日着ていた振袖は加賀家から借りたものだ。
返す必要があって屋敷に寄った。
由梨としてはここで私服に着替えて、自宅へ戻るつもりでいた。
実際美容室で預けた由梨の私物はこの部屋に届けてあったけれど、なぜかパジャマも用意されていて今日もここへ泊まるようにと秋元に告げられる。
「でも…。」
今夜は雪は吹雪いていない。
帰ることは不可能ではないはずだ。
「そう何度もご迷惑をおかけするわけにはいきません。」
由梨は首を振って固辞をする。
けれど秋元も引き下がらなかった。
「お疲れだろうからというぼっちゃまからの指示でございます。」
それでも…と言いかけた由梨だったが秋元が加賀をぼっちゃまと呼んだことに、思わず吹き出してしまう。
「ふ、ふふ…。す、すみません。」
あの自信に満ちた男が家ではぼっちゃまと言われているなんて。
しばらくは笑いが止まらなかった。
もちろん話すわけにはいかないが長坂と奈々が知ったらどう思うだろう。
秋元も自身の失言に気がついて、声を立てて笑った。
「ふふふ。申し訳ございません。ぼっちゃまからは散々呼び方を変えるようにと言われているのですが、屋敷の中ではつい…。私はぼっちゃまが、小さい頃からこの家におりますゆえ。」
「すごく長く勤めていらっしゃるんですね。それにとても親しいご関係のようで。…少し羨ましいです。」
秋元の優しい目尻の皺を見つめて由梨は言った。
今井の家にも沢山の使用人がいて、その中には当然、秋元と同じくらい長く勤めている者もいた。
けれど皆、祖父の僕のような者たちばかりでどちらかといえば博史と由梨親子は問題を起こさぬように監視されていたように思う。
今の屋敷の使用人も似たようなものだ。
なにかあればすぐに東京に連絡がいくだろう。
先日の由梨の外泊が黙認されたのは相手が叔父公認の加賀だからだろう。
普段は許されない。
「先代の加賀の奥様はぼっちゃまが幼い頃に亡くなられましたから…私は勝手に母のような気持ちで側におりました。時には鬱陶しがられることもありましたけれど。」
そうか加賀も早くに母親を亡くしたのか、と由梨は妙な親近感を覚える。
「ですから私とても嬉しいんです。ぼっちゃまがこのお屋敷に女性を連れてこられるなんて初めてのことでございますから。」
「え、初めて…?」
由梨は意外な秋元の言葉にびっくりして聞き返した。
長坂の話では、数年前まではひっきりなしに女性と付き合っていたというのに、ここへ来たのが由梨だけなんてとてもじゃないが信じられない。
ニコニコと由梨を見る秋元の目がまるで自分は加賀にとって特別だと言っているようで由梨は頬を染めた。
「私はただ成り行きで、偶然来させてもらっただけです。」
一度めは今後について話しをするために。
そして今夜は着物を返さなくてはいけないから。
「…それでも。そのようなことも一度もなかったので。」
秋元そう言って微笑むと着物を抱えて下がっていった。
残された由梨は、なんだかざわざわとした気持ちのまましばらく動けないでした。
今夜は吹雪ではないけれど、なんとなく眠れないような気がした。
前の週に泊まった加賀家の客間で由梨は秋元に着物を脱ぐのを手伝ってもらっていた。
着付けと着物の管理くらいは由梨にもできるが、今日着ていた振袖は加賀家から借りたものだ。
返す必要があって屋敷に寄った。
由梨としてはここで私服に着替えて、自宅へ戻るつもりでいた。
実際美容室で預けた由梨の私物はこの部屋に届けてあったけれど、なぜかパジャマも用意されていて今日もここへ泊まるようにと秋元に告げられる。
「でも…。」
今夜は雪は吹雪いていない。
帰ることは不可能ではないはずだ。
「そう何度もご迷惑をおかけするわけにはいきません。」
由梨は首を振って固辞をする。
けれど秋元も引き下がらなかった。
「お疲れだろうからというぼっちゃまからの指示でございます。」
それでも…と言いかけた由梨だったが秋元が加賀をぼっちゃまと呼んだことに、思わず吹き出してしまう。
「ふ、ふふ…。す、すみません。」
あの自信に満ちた男が家ではぼっちゃまと言われているなんて。
しばらくは笑いが止まらなかった。
もちろん話すわけにはいかないが長坂と奈々が知ったらどう思うだろう。
秋元も自身の失言に気がついて、声を立てて笑った。
「ふふふ。申し訳ございません。ぼっちゃまからは散々呼び方を変えるようにと言われているのですが、屋敷の中ではつい…。私はぼっちゃまが、小さい頃からこの家におりますゆえ。」
「すごく長く勤めていらっしゃるんですね。それにとても親しいご関係のようで。…少し羨ましいです。」
秋元の優しい目尻の皺を見つめて由梨は言った。
今井の家にも沢山の使用人がいて、その中には当然、秋元と同じくらい長く勤めている者もいた。
けれど皆、祖父の僕のような者たちばかりでどちらかといえば博史と由梨親子は問題を起こさぬように監視されていたように思う。
今の屋敷の使用人も似たようなものだ。
なにかあればすぐに東京に連絡がいくだろう。
先日の由梨の外泊が黙認されたのは相手が叔父公認の加賀だからだろう。
普段は許されない。
「先代の加賀の奥様はぼっちゃまが幼い頃に亡くなられましたから…私は勝手に母のような気持ちで側におりました。時には鬱陶しがられることもありましたけれど。」
そうか加賀も早くに母親を亡くしたのか、と由梨は妙な親近感を覚える。
「ですから私とても嬉しいんです。ぼっちゃまがこのお屋敷に女性を連れてこられるなんて初めてのことでございますから。」
「え、初めて…?」
由梨は意外な秋元の言葉にびっくりして聞き返した。
長坂の話では、数年前まではひっきりなしに女性と付き合っていたというのに、ここへ来たのが由梨だけなんてとてもじゃないが信じられない。
ニコニコと由梨を見る秋元の目がまるで自分は加賀にとって特別だと言っているようで由梨は頬を染めた。
「私はただ成り行きで、偶然来させてもらっただけです。」
一度めは今後について話しをするために。
そして今夜は着物を返さなくてはいけないから。
「…それでも。そのようなことも一度もなかったので。」
秋元そう言って微笑むと着物を抱えて下がっていった。
残された由梨は、なんだかざわざわとした気持ちのまましばらく動けないでした。
今夜は吹雪ではないけれど、なんとなく眠れないような気がした。