政略結婚は純愛のように~狼社長は新妻を一途に愛しすぎている~
「社長は…。」
台所でホットミルクを作る男の背中に由梨は遠慮がちに問いかけた。
「ん?」
加賀が答える。手鍋からは視線を外さないまま。
「…恋人はいらっしゃらないのですか。」
後から考えると随分な問いかけだなと思ったけれど由梨は聞かずにはいられなかった。
彼が、自分との政略的な意味での結婚を望むのは仕方がないと思っても、本当は他に恋人がいるというのでは流石に辛い。
そのように誰もが不幸になるような結婚はしたくなかった。
父が妾腹だと言われ悔しい思いをしてきた由梨にとってはなおさら。
しかし加賀は由梨の失礼とも思える質問に、気分を害する様子はない。
代わりにふっと笑った。
「いたら、君に結婚を申し込んではいない。」
そりゃあ普通の結婚ならそうかもしれない。
でも由梨と加賀の場合は少し違うのだから…。
さすがにそれを口にするわけにはいかずに、由梨はそうですねとだけ呟く。
「…俺との結婚は考えられないか。」
突然の加賀の砕けた言葉に由梨の胸がどきりと音を立てる。
それが自分の中であまりに大きく聞こえたので、もしかしたら彼に聞こえたかもしれないと思ったほどだ。
「わ、私…。」
ドキドキと鳴る胸の音が耳にうるさい。
由梨はその音を振り切るように首を振った。
「そ、そんなことないです。ただ…。」
「ただ?」
くつくつとミルクが泡を作るのを丁寧にかき混ぜながら加賀は先を促す。
「しゃ、社長みたいな立派な方に、私はふさわしくない…と、思います…。」
口に出してみて由梨は改めて自覚した。 結婚の可能性が出て初めて男性として意識しだした加賀だけれど、この短期間で沢山の魅力を知った。
もっと側でもっと見たいと思う自分がいるのも確かだ。
それなのにYESと言えない理由は、ただ一つ。
由梨の自分に対する自信のなさだ。
加賀を素敵だと思えば思うほど、自分の中の弱い部分がストップをかける。
財閥に生まれただけでなんのとりえもない自分は彼にふさわしくないと。
「…。」
由梨の言葉が聞こえているはずの加賀だけれど、すぐには答えずに一旦火を止めると冷蔵庫から蜂蜜を出した。
そしてミルクの中に注ぐ。
「…誰かにそう言われたのか。」
再び火をつけながら加賀が由梨に尋ねる。
声音が少し硬くなったように思って由梨は慌てて首を振った。
「そ、そうではありません。自分でそう思ったのです。…私は…今井家の中で、世間知らずに育ちました。この街に来て、長坂先輩や蜂須賀室長とお仕事ができてやっと社会人として歩き始めたばかりです。まだまだ、未熟なのに…。」
加賀が再びフッと笑った。
「まるで就職の面接みたいだな。」
たしかにそうかもしれない。
けれど、愛情だけで結ばれる結婚でないのだから重要なことなのではないだろうかと、由梨は思う。
特に加賀にとっては。
「俺は別に君にそんなことを求めてはいない。」
じゃあ何を求めているんですか、とはもちろん聞けない。
「…求めてはいないが、君はこの五年間よくやっている。」
一瞬だけ上司の顔になって加賀が言う。
素直に嬉しかった。
「あ、ありがとうございます!」
少し弾んだ声で由梨は言う。
加賀が火を止めて振り返った。
ホットミルクができたようだった。
台所でホットミルクを作る男の背中に由梨は遠慮がちに問いかけた。
「ん?」
加賀が答える。手鍋からは視線を外さないまま。
「…恋人はいらっしゃらないのですか。」
後から考えると随分な問いかけだなと思ったけれど由梨は聞かずにはいられなかった。
彼が、自分との政略的な意味での結婚を望むのは仕方がないと思っても、本当は他に恋人がいるというのでは流石に辛い。
そのように誰もが不幸になるような結婚はしたくなかった。
父が妾腹だと言われ悔しい思いをしてきた由梨にとってはなおさら。
しかし加賀は由梨の失礼とも思える質問に、気分を害する様子はない。
代わりにふっと笑った。
「いたら、君に結婚を申し込んではいない。」
そりゃあ普通の結婚ならそうかもしれない。
でも由梨と加賀の場合は少し違うのだから…。
さすがにそれを口にするわけにはいかずに、由梨はそうですねとだけ呟く。
「…俺との結婚は考えられないか。」
突然の加賀の砕けた言葉に由梨の胸がどきりと音を立てる。
それが自分の中であまりに大きく聞こえたので、もしかしたら彼に聞こえたかもしれないと思ったほどだ。
「わ、私…。」
ドキドキと鳴る胸の音が耳にうるさい。
由梨はその音を振り切るように首を振った。
「そ、そんなことないです。ただ…。」
「ただ?」
くつくつとミルクが泡を作るのを丁寧にかき混ぜながら加賀は先を促す。
「しゃ、社長みたいな立派な方に、私はふさわしくない…と、思います…。」
口に出してみて由梨は改めて自覚した。 結婚の可能性が出て初めて男性として意識しだした加賀だけれど、この短期間で沢山の魅力を知った。
もっと側でもっと見たいと思う自分がいるのも確かだ。
それなのにYESと言えない理由は、ただ一つ。
由梨の自分に対する自信のなさだ。
加賀を素敵だと思えば思うほど、自分の中の弱い部分がストップをかける。
財閥に生まれただけでなんのとりえもない自分は彼にふさわしくないと。
「…。」
由梨の言葉が聞こえているはずの加賀だけれど、すぐには答えずに一旦火を止めると冷蔵庫から蜂蜜を出した。
そしてミルクの中に注ぐ。
「…誰かにそう言われたのか。」
再び火をつけながら加賀が由梨に尋ねる。
声音が少し硬くなったように思って由梨は慌てて首を振った。
「そ、そうではありません。自分でそう思ったのです。…私は…今井家の中で、世間知らずに育ちました。この街に来て、長坂先輩や蜂須賀室長とお仕事ができてやっと社会人として歩き始めたばかりです。まだまだ、未熟なのに…。」
加賀が再びフッと笑った。
「まるで就職の面接みたいだな。」
たしかにそうかもしれない。
けれど、愛情だけで結ばれる結婚でないのだから重要なことなのではないだろうかと、由梨は思う。
特に加賀にとっては。
「俺は別に君にそんなことを求めてはいない。」
じゃあ何を求めているんですか、とはもちろん聞けない。
「…求めてはいないが、君はこの五年間よくやっている。」
一瞬だけ上司の顔になって加賀が言う。
素直に嬉しかった。
「あ、ありがとうございます!」
少し弾んだ声で由梨は言う。
加賀が火を止めて振り返った。
ホットミルクができたようだった。