政略結婚は純愛のように~狼社長は新妻を一途に愛しすぎている~
「見苦しいものを見せてしまってすまないね。」

 そう言いながらも幸仁は平然と酒を飲む。
 息子に北部支社を諦めさせるためだけにここへ同席させたぐらいだからこれくらいのことは想定内だったのかもしれない。

「…あいつが一応今井家の長男でね。なのに妻が甘やかしてしまって…。全く困ったものだ。」

 大して困った風でもない幸仁に隆之は焦れた思いを抱く。
 それよりもあの男と由梨の関係が気になって仕方がない。
 そんな隆之の内心を知ってか知らずか、幸仁はため息をついて話し始める。

「そもそも博史の後釜については私は君にと早々に決めたんだ。…だがあいつが出しゃばってきて少々ややこしくなって…二ヶ月も遅れたということだ。」

「そうですか。」

 隆之は落ち着き払って相槌を打つ。
 押し付け合いをしていたわけではなかったのか。

「和也は、由梨を気に入っていてね。何年も前から嫁にしたいと言っている。」

「由梨…さんを?」

 思わず聞き返してしまった隆之をジロリと見て幸仁は続ける。

「あぁ、しかしそれは許されん。あいつは曲がりなりにも本家の長男だからな。」

 隆之とて同じ旧家の長なのだから、本家の者が結婚相手にこだわる事情は分からなくはない。
 けれど由梨は何ゆえだめなのかと隆之は首を傾げる。
 従姉妹だからだろうか。
 その隆之の疑問を目の前の有能すぎる男は即座に感じとる。

「…公にはされていないが、由梨の父今井博史は妾腹だ。」

 隆之は、男の声音に混ざる侮蔑の色に強い嫌悪感を抱く。
 だからなんなのだという思いが腹の中で渦を巻くが口には出さなかった。
 それで由梨があの無能な男と結婚しなくて良いというならそれで良い。

「あの子が博史について北部へ行っている間に和也の頭も冷えるだろうと思っていたんだが…。和也は妻に似て少々しつこいたちらしい。早く呼び戻せと煩くてかなわん。博史が死んだ今、由梨は本当であれば東京へ戻すべきなのだが、そうなると奴は由梨に近づくだろうし…。」

 幸仁は困ったというように首をふった。

「本当のところ別に私は構わんのだ。和也がそんなに欲しがるのでれば、嫁にはできんが愛人としてなら黙認してやっても。…だがそれも…何故か小さい頃から由梨を目の敵にしている妻が嫌がってなぁ。…だから今は由梨を東京へ戻すわけにはいかん。」

 吐き気がした。
 あんなちんけな男の、妻にというだけてもおぞましいのに。
 言うに及んで愛人だと?
 怒りで目の前のグラスを叩き割りたいのを我慢して隆之は静かに口を開く。

「今井…由梨さんは、このことをご存知で?その…和也氏の妻になりたいと?」

 危うく怒りで声が震えそうになるのをなんとか堪えて隆之は尋ねる。
 そんなことはあってはならないと心の中で叫びながら。

「いいや。」

 幸仁は首をふった。

「東京にいた頃も今も、和也の執着を知った妻が厳しく監視しているからな。二人の間には何もないはずだ。」

 幸仁の言葉に隆之は大きく安堵する。
 そうだ、あんな男に由梨が心を許すはずがない。

「…身内の恥を晒してしまって大変申し訳ないが、こういうわけなのでもうしばらくは由梨を北部支社で預かってくれ。…なるべく早く適当な縁談を探して嫁がせるから。それまでは…。…あぁそうだ、加賀君もいい話があればおしえてくれ。そっちで縁づく方がいいだろう、和也と接触させないためにも。」

 身内とはいえ、一人の女性の人生をなんだと思っているんだろう。
 隆之は目の前の男を心底軽蔑する。
 合理的で人を人とも思わない、冷血な男。
 大会社の経営者は時として冷血に判断しなければならないこともあると心得ているはずの隆之でも理解しがたい考え方だ。
 けれどもしかしたら自分も同類なのかもしれないと隆之は思う。
 今の幸仁の話を聞きながら、自分にとって都合のいい"あること"が頭に浮かんだのだから。
 隆之は幸仁に気づかれないように薄く笑った。
 そうだ。
 合理主義者には、合理的な方法で攻めなくては。
 目の前の日本酒を飲み干してグラスを机に置くと、隆之は口を開いた。

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