政略結婚は純愛のように~狼社長は新妻を一途に愛しすぎている~
女子会
「田舎って早婚ですよね~。私の地元の同級生なんて半分以上子供がいるんですから。三人いるって子もいるんですよ!!私だって今井コンツェルンに勤めてるんじゃきゃ早く結婚しろってせっつかれてますよ。…もう二十四ですからね。」
ため息まじりに奈々が言うのを由梨は信じられない思いで聞いていた。
奈々は由梨の三年後輩だが四大を出ているので一つだけしかかわらない。
その奈々の同級生が子持ちだとは。
冠婚葬祭で会う従姉妹たちは、二言目には北部は田舎だから遅れてるんでしょうと馬鹿したように言うが、そういう意味では進んでいるといえるのではと思ってしまう。
「だから由梨先輩みたいな人には私会ったことないです。どれだけまっさらなんですかっ!」
何杯目かのビールジョッキをぐいっと飲み干した奈々に言われて、由梨はなんだかお説教を受けている気分になる。
確かにそう言われても仕方がないような気もするけれど。
そもそもなぜ由梨が金曜日の夜の居酒屋で奈々の説教を聞いているのかというと、話はあの結婚式の日の夜にさかのぼる。
あの日の由梨の記憶は、加賀家の廊下で隆之と言葉を交わしたあとから途絶えてしまった。
次の日、由梨が目覚めると隆之のベッドにいてすでに日が高かった。
来ていた服は脱がされて真新しいパジャマを着てる。
由梨は妻の役目を果たすべき大切な初夜に眠りこけてしまったのだ。
いくら疲れていたとはいえ、言い訳できない状況にさすがの隆之も呆れただろうと思った。
しかし、泣きそうになりながら謝る由梨に隆之は気にすることはないと言った。
さらには君の心が決まるまでは無理することはない、とも。
あっけないような隆之の反応に、由梨は寂しさと同時にそこはかとない不安を感じた。
わかってはいたことだけれど、隆之にとってこの結婚は本当に政略的なものでしかないのだ。
今井家と縁つづきになったことを世間に知らしめるという第一の目的を果たしたことで彼は満足した。
由梨個人との本当の意味での夫婦としての結びつきなどには、あまり興味がないと言うことか。
それをまざまざと見せつけられたような気がした。
けれど一方で男性と経験がない由梨にはありがたい話でもあると思った。
今のまま、経験豊富な隆之の相手が由梨に務まるとは到底思えない。
心の準備もできていない。
どうせもうすでに醜態を晒してしまったのだ。
お言葉に甘えてしっかりと心の準備をしてから挑もうと思った。
次は失敗するわけにいかないのだから。
しかしそう心に決めたものの由梨は悩んだ。
心の準備とはいっても何をどうすれば良いのかさっぱりわからないからだ。
もちろん、ネット上でもなんででもそれに関する情報は溢れるほどにあるが、それと由梨自身のことは別のような気がしたし、そこへこっそりアクセスする勇気もない。
できれば実体験をもとにアドバイスをしてくれる経験豊富な同性がいればいいのにと思ったが、気心の知れた友人は皆東京だ。
わざわざ電話して相談することでもないような気もするし…。
そうして人知れず思い悩む由梨の前に現れた救世主は、なんと後輩の奈々だった。
「由梨先輩、結婚式以来なにか塞ぎ込んでおられますね。どうされました?」
率直で飾らない性格の奈々は思ったことをそのまま口に出す。
ある日のお昼休み、唐突に尋ねられて由梨はすぐに答えることができなかった。
「あ、もしかして社長との夜の相性が合わないんじゃありません?社長ってとっても性欲が強そうですもんね。お嬢様の由梨先輩にはキツイでしょう。」
あっけらかんと言われて由梨は危うく飲みかけのお茶を吹き出しそうになってしまった。
咳き込む由梨に奈々はにっこりと笑いかける。
「あら、当たっちゃいました?」
聞きたいことは山ほどあったが、昼休みにする話でもないということで、その日の終業後二人の会話を聞いていた長坂を含めた秘書室の女子三人は夜の街へ繰り出すことになった。
定時を少し過ぎた頃、長坂と奈々と連れだって会社を出た由梨の髪を春の夜の風が嬲る、由梨の心は自然と弾んだ。
東京からこの街へ来てから歓送迎会以外で会社の人と飲みに行くのは初めてだ。
夕方、遅くなることの許可をとりに行った社長室で、隆之はあっさりとそれを了承した。
「君のすることに私の"許可"を取る必要はない。"報告"をしてくれればそれでいい。」
そう言われて由梨は奇妙な解放感を感じた。
今までは何をするにも父か祖父の許可をとってからだった。
夜の食事や友人たちとの旅行、時には休日の予定まで…なにもかもだ。
それは小さな頃から始まり成人してからもずっと続いた。
今は加賀隆之の妻になったのだから当然彼の許可を得る必要があると思ったのだが。
「君はこちらで働き続けるために結婚を了承したのだろう。自分で必要だと思うことは娯楽も含めて好きにすればいい。」
そう言い隆之がわずかに微笑む。
由梨の胸が少し熱くなった。
言われたことは政略結婚だということを再確認されたような内容なのに、相変わらず彼の笑顔には弱い。
それに必要だと思うことを自分で決めて良いということにも胸が高鳴った。
由梨の希望であったささやかな自由がそこにあるような気がした。
だからと言ってもちろん無茶苦茶をするつもりはないが、今井家にいた頃のようにびくびくと祖父の顔色を伺う必要はないということがなんとも胸に心地いい。
そういう意味では今夜の飲み会は誰にも許可を得ることなく由梨が自分で行くことを決めた初めての記念すべき飲み会ということになる。
冷たい日本酒を口に含んで由梨は笑みを漏らす。
流石にあの地酒は自粛したが、そもそもこの地方は美味しい酒が多い。
「西野さんで結婚を急かされるくらいだから私に至ってはほんとおーに!ひどいわけよ!」
奈々の隣で長坂がカシスオレンジのグラスをやや乱暴に置いた。
いつもは厳しくて強いというイメージの彼女だが意外と酒には弱いようだ。
1杯目のカシスオレンジのクラスはまた半分は残っているのに、顔が赤い。
「東京だったら三十代で独身というのは、別にとくに珍しくはないです。」
由梨は眉をひそめていう。
長坂のようにキャリアを築いている女性なら33歳はまだ若い方だろう。
そういえば、厳しいと言われてはいるが女性からみても美人の長坂には恋人はいないのだろうかと思いながら。
「ははは、由梨先輩。長坂先輩の場合は年齢は問題ではありません、本人のポテンシャルに問題があります。」
奈々がせっかくの由梨のフォローを台無しにするようなことを言う。
「な、奈々ちゃんっ!!」
由梨が咎めても、平然と奈々は続ける。
「長坂先輩は、三次元の男には興味が持てないのです。いわゆる隠れオタクと言うやつですね。社長がずっと長坂先輩を秘書に置いているのはそのことを社長が知っているからじゃないですか。」
とんでもないことを言うと慌てる由梨だったが長坂は特に意に介する風もなく頷く。
「そう。流石、見た目と違って有能な西野だけあるわね、当たりよ。私が殿に恋愛感情をもたないということがわかっているからね。…私が殿の秘書になる前は大変だったのよ…なる子なる子殿に惚れちゃって…秘書が社長に惚れてちゃ業務が滞るからね…。」
長坂も負けじと西野への嫌味を言いつつため息をついた。
「それに私なら全女子社員の嫉妬を受けても耐えられるしね。そういう意味では本当に抜け目のない男だわ。」
奈々は由梨の相談には乗るが噂でしか社長を知らない自分だけじゃなく個人的に付き合いがある長坂も同席してもらおうと言った。
その長坂の口から"抜け目のない男"という言葉が出るとどきりとしてしまう。
お互いにメリットがあっての結婚だったことは否定できないが、それ以外の何かも存在してほしい願う自分が由梨の中にはもう一人いる。
「当時はまだひっきりなしに付き合う相手が変わっていた頃だし、社内の女に手出しするほど不自由はしてなかったんだけど。」
お酒が入っているせいか長坂はいつもより饒舌だ。
秘書室の鉄仮面などと言われている彼女が自分にこのような顔を見せてくれることが少し嬉しいと思う。
けれど彼女が話す内容にはどうしても引っかかりを感じてしまう。
「ちょっと~長坂先輩、由梨先輩を励ます会なのにそんなこと言ったらダメですよー。」
奈々が口を尖らせて長坂の袖を引っ張った。
「なによー。こういうことが聞きたいんじゃないのー?だいたい殿が遊んでたっていう過去は有名な話じゃないの~。」
そう言いながら長坂は唐揚げを口に放り込んだ。
そうだ、由梨が気にしているのはそこではない。
そこではなくてつまり…。
「社長が過去に沢山の方とお付き合いがあったことは私気にしてません。…当然だなとも思いますし。私が気にしているのはそんなことじゃないんです。私が気にしているのは…その…。」
二人がじっと由梨を見つめている。
こんなことを相談しても良いのかと自分の中の常識的な部分が言う。
でも、一人でぐるぐると考えても答えが出ないことはここ数日でいやというほど思い知らされた。
このチャンスに恥ずかしくても聞かなくてはと、由梨は心に決めた。
そして、意を決して由梨は口を開いた。
「そんな経験豊富な社長の相手が私で務まるのでしょうかってことなんです!」
ため息まじりに奈々が言うのを由梨は信じられない思いで聞いていた。
奈々は由梨の三年後輩だが四大を出ているので一つだけしかかわらない。
その奈々の同級生が子持ちだとは。
冠婚葬祭で会う従姉妹たちは、二言目には北部は田舎だから遅れてるんでしょうと馬鹿したように言うが、そういう意味では進んでいるといえるのではと思ってしまう。
「だから由梨先輩みたいな人には私会ったことないです。どれだけまっさらなんですかっ!」
何杯目かのビールジョッキをぐいっと飲み干した奈々に言われて、由梨はなんだかお説教を受けている気分になる。
確かにそう言われても仕方がないような気もするけれど。
そもそもなぜ由梨が金曜日の夜の居酒屋で奈々の説教を聞いているのかというと、話はあの結婚式の日の夜にさかのぼる。
あの日の由梨の記憶は、加賀家の廊下で隆之と言葉を交わしたあとから途絶えてしまった。
次の日、由梨が目覚めると隆之のベッドにいてすでに日が高かった。
来ていた服は脱がされて真新しいパジャマを着てる。
由梨は妻の役目を果たすべき大切な初夜に眠りこけてしまったのだ。
いくら疲れていたとはいえ、言い訳できない状況にさすがの隆之も呆れただろうと思った。
しかし、泣きそうになりながら謝る由梨に隆之は気にすることはないと言った。
さらには君の心が決まるまでは無理することはない、とも。
あっけないような隆之の反応に、由梨は寂しさと同時にそこはかとない不安を感じた。
わかってはいたことだけれど、隆之にとってこの結婚は本当に政略的なものでしかないのだ。
今井家と縁つづきになったことを世間に知らしめるという第一の目的を果たしたことで彼は満足した。
由梨個人との本当の意味での夫婦としての結びつきなどには、あまり興味がないと言うことか。
それをまざまざと見せつけられたような気がした。
けれど一方で男性と経験がない由梨にはありがたい話でもあると思った。
今のまま、経験豊富な隆之の相手が由梨に務まるとは到底思えない。
心の準備もできていない。
どうせもうすでに醜態を晒してしまったのだ。
お言葉に甘えてしっかりと心の準備をしてから挑もうと思った。
次は失敗するわけにいかないのだから。
しかしそう心に決めたものの由梨は悩んだ。
心の準備とはいっても何をどうすれば良いのかさっぱりわからないからだ。
もちろん、ネット上でもなんででもそれに関する情報は溢れるほどにあるが、それと由梨自身のことは別のような気がしたし、そこへこっそりアクセスする勇気もない。
できれば実体験をもとにアドバイスをしてくれる経験豊富な同性がいればいいのにと思ったが、気心の知れた友人は皆東京だ。
わざわざ電話して相談することでもないような気もするし…。
そうして人知れず思い悩む由梨の前に現れた救世主は、なんと後輩の奈々だった。
「由梨先輩、結婚式以来なにか塞ぎ込んでおられますね。どうされました?」
率直で飾らない性格の奈々は思ったことをそのまま口に出す。
ある日のお昼休み、唐突に尋ねられて由梨はすぐに答えることができなかった。
「あ、もしかして社長との夜の相性が合わないんじゃありません?社長ってとっても性欲が強そうですもんね。お嬢様の由梨先輩にはキツイでしょう。」
あっけらかんと言われて由梨は危うく飲みかけのお茶を吹き出しそうになってしまった。
咳き込む由梨に奈々はにっこりと笑いかける。
「あら、当たっちゃいました?」
聞きたいことは山ほどあったが、昼休みにする話でもないということで、その日の終業後二人の会話を聞いていた長坂を含めた秘書室の女子三人は夜の街へ繰り出すことになった。
定時を少し過ぎた頃、長坂と奈々と連れだって会社を出た由梨の髪を春の夜の風が嬲る、由梨の心は自然と弾んだ。
東京からこの街へ来てから歓送迎会以外で会社の人と飲みに行くのは初めてだ。
夕方、遅くなることの許可をとりに行った社長室で、隆之はあっさりとそれを了承した。
「君のすることに私の"許可"を取る必要はない。"報告"をしてくれればそれでいい。」
そう言われて由梨は奇妙な解放感を感じた。
今までは何をするにも父か祖父の許可をとってからだった。
夜の食事や友人たちとの旅行、時には休日の予定まで…なにもかもだ。
それは小さな頃から始まり成人してからもずっと続いた。
今は加賀隆之の妻になったのだから当然彼の許可を得る必要があると思ったのだが。
「君はこちらで働き続けるために結婚を了承したのだろう。自分で必要だと思うことは娯楽も含めて好きにすればいい。」
そう言い隆之がわずかに微笑む。
由梨の胸が少し熱くなった。
言われたことは政略結婚だということを再確認されたような内容なのに、相変わらず彼の笑顔には弱い。
それに必要だと思うことを自分で決めて良いということにも胸が高鳴った。
由梨の希望であったささやかな自由がそこにあるような気がした。
だからと言ってもちろん無茶苦茶をするつもりはないが、今井家にいた頃のようにびくびくと祖父の顔色を伺う必要はないということがなんとも胸に心地いい。
そういう意味では今夜の飲み会は誰にも許可を得ることなく由梨が自分で行くことを決めた初めての記念すべき飲み会ということになる。
冷たい日本酒を口に含んで由梨は笑みを漏らす。
流石にあの地酒は自粛したが、そもそもこの地方は美味しい酒が多い。
「西野さんで結婚を急かされるくらいだから私に至ってはほんとおーに!ひどいわけよ!」
奈々の隣で長坂がカシスオレンジのグラスをやや乱暴に置いた。
いつもは厳しくて強いというイメージの彼女だが意外と酒には弱いようだ。
1杯目のカシスオレンジのクラスはまた半分は残っているのに、顔が赤い。
「東京だったら三十代で独身というのは、別にとくに珍しくはないです。」
由梨は眉をひそめていう。
長坂のようにキャリアを築いている女性なら33歳はまだ若い方だろう。
そういえば、厳しいと言われてはいるが女性からみても美人の長坂には恋人はいないのだろうかと思いながら。
「ははは、由梨先輩。長坂先輩の場合は年齢は問題ではありません、本人のポテンシャルに問題があります。」
奈々がせっかくの由梨のフォローを台無しにするようなことを言う。
「な、奈々ちゃんっ!!」
由梨が咎めても、平然と奈々は続ける。
「長坂先輩は、三次元の男には興味が持てないのです。いわゆる隠れオタクと言うやつですね。社長がずっと長坂先輩を秘書に置いているのはそのことを社長が知っているからじゃないですか。」
とんでもないことを言うと慌てる由梨だったが長坂は特に意に介する風もなく頷く。
「そう。流石、見た目と違って有能な西野だけあるわね、当たりよ。私が殿に恋愛感情をもたないということがわかっているからね。…私が殿の秘書になる前は大変だったのよ…なる子なる子殿に惚れちゃって…秘書が社長に惚れてちゃ業務が滞るからね…。」
長坂も負けじと西野への嫌味を言いつつため息をついた。
「それに私なら全女子社員の嫉妬を受けても耐えられるしね。そういう意味では本当に抜け目のない男だわ。」
奈々は由梨の相談には乗るが噂でしか社長を知らない自分だけじゃなく個人的に付き合いがある長坂も同席してもらおうと言った。
その長坂の口から"抜け目のない男"という言葉が出るとどきりとしてしまう。
お互いにメリットがあっての結婚だったことは否定できないが、それ以外の何かも存在してほしい願う自分が由梨の中にはもう一人いる。
「当時はまだひっきりなしに付き合う相手が変わっていた頃だし、社内の女に手出しするほど不自由はしてなかったんだけど。」
お酒が入っているせいか長坂はいつもより饒舌だ。
秘書室の鉄仮面などと言われている彼女が自分にこのような顔を見せてくれることが少し嬉しいと思う。
けれど彼女が話す内容にはどうしても引っかかりを感じてしまう。
「ちょっと~長坂先輩、由梨先輩を励ます会なのにそんなこと言ったらダメですよー。」
奈々が口を尖らせて長坂の袖を引っ張った。
「なによー。こういうことが聞きたいんじゃないのー?だいたい殿が遊んでたっていう過去は有名な話じゃないの~。」
そう言いながら長坂は唐揚げを口に放り込んだ。
そうだ、由梨が気にしているのはそこではない。
そこではなくてつまり…。
「社長が過去に沢山の方とお付き合いがあったことは私気にしてません。…当然だなとも思いますし。私が気にしているのはそんなことじゃないんです。私が気にしているのは…その…。」
二人がじっと由梨を見つめている。
こんなことを相談しても良いのかと自分の中の常識的な部分が言う。
でも、一人でぐるぐると考えても答えが出ないことはここ数日でいやというほど思い知らされた。
このチャンスに恥ずかしくても聞かなくてはと、由梨は心に決めた。
そして、意を決して由梨は口を開いた。
「そんな経験豊富な社長の相手が私で務まるのでしょうかってことなんです!」