政略結婚は純愛のように~狼社長は新妻を一途に愛しすぎている~
 由梨の言葉に目の前の二人が目を丸くする。
 思ったより大きい声が出てしまったことに気づいて由梨はあわてて両手で塞いだ。
 けれど、時すでに遅し。
 二人は一瞬互いに目を合わせてから爆笑した。

「はははは!こんな必死な由梨先輩初めて見ました!よっぽど思い詰めてたんですねぇ!」

「やっぱりあなた面白いわ今井さん。真面目なんだけどどこかずれているのよねぇ。ふふふふ!いい方向によ!はははは!」

 笑いが止まらない様子の二人に由梨は頬を膨らませる。

「もうっ…!私は真剣なんですっ!」

「そうね、ごめんごめん!でも…ふふ。それで?殿はなんて?君じゃ物足りないとでも言われたの?」

 長坂が先輩らしく先に笑うのをやめて続きを促す。

「そんなことは言われてませんけど…。」

 由梨は赤い頬を膨らませたまま答える。
 物足りないもなにも、そのような行為すらなかったので感想の言いようがないのではないかと思うけれど。

「仮にもしそうだとしても面と向かっては言わないでしょう、先輩。」

 奈々が涙を拭いながら言う。

「そうねぇ…。」

 長坂は少し考えてから社内では怖いと恐れられている眼鏡をキラリとさせた。

「今でこそ、現実の男には興味がなくなってしまった私だけれど、これでも二十代の頃は殿にも負けないくらいだったのよ。」

 突然のカミングアウトに奈々がひぇーとおどけてみせる。
 由梨は微笑んだ。
 なんだかんだ言ってこの二人は相性がいい。

「その私の経験から言うと…自分が下手なのを棚に上げて、女とのセックスに満足しないなんて男は最低野郎ね。こっちから願い下げって場合が多いわ。…昔馴染みのよしみで言うわけじゃないけど、殿はそんな奴じゃないと思うけど…。」

 由梨は慌てて頷く。

「社長はそんなことおっしゃいません…そうじゃなくて…!」

「あー!わかった!むしろ求められすぎて困ってるんじゃありません??ずばりそうでしょう!」

 由梨は今度は首をぶんぶん振った。
 あからさまな表現が恥ずかしい。
 長坂が不満そうに頬杖をついてゆりを睨んだ。

「じゃあ、なんなのよー!まさか勝手に不安になってるってだけじゃないでしょうね?」

「ち、違います。…そのぅ、つまり…。」

 由梨は声を落とした。
 半個室になっているとはいえ店の中はガヤガヤと騒がしい。
 由梨の言葉を聞き逃すまいと二人が頭を寄せた。
 由梨は真っ赤な顔をさらに赤くして、思い切って口を開いた。

「まだ、してないんです。」

「………へっ?」

 今まで聞いたことがないような間抜けな声が長坂の口から漏れた。
 意味がわからないという二人の視線に耐えきれず、由梨は目を閉じて繰り返した。

「だから、社長とは私…まだ清い関係のままなんです…。」
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