政略結婚は純愛のように~狼社長は新妻を一途に愛しすぎている~
今度は二人とも笑わなかった。
代わりに目をパチクリとさせて今度こそ本当に意味がわからないというように由梨を見た。
「ま…まだしてないの?」
由梨はこくんと頷く。
「あんな立派な結婚式を挙げたのに…?」
もう一度頷く。
「結婚してからもう二週間以上たつのに?」
うんうんと今度は二回頷いた。
「まだ私の心の準備ができてないだろうから無理しないていいって…。」
由梨と隆之は同じ寝室を使っているが、隆之は由梨が寝るより遅くに寝室にきて朝は先に出てゆく。
そして結婚式の日に言われたように二人は清い関係のままだ。
知識のない由梨でも何かおかしい、異常な夫婦関係だということくらいはわかる。
目の前の二人は絶句している。
「それは…。困ったわね。」
長坂はそう言って何故かお茶とおしぼりを頼んだ。
まさか由梨の相談は重症すぎると判断して帰るつもりだろうか。
「…ここ最近は女遊びをやめていたから、ついに遊び方を忘れちゃったのかしら…。」
長坂は眉を寄せて呟いた。
雰囲気が180度変わってしまった。
さっきまでのからかうような空気は一変し、二人ともうーんうーんと考えこんでいる。
先に口を開いたのは奈々だった。
「確かにあまり聞いたことのない夫婦の形ですけど、社長は社長なりに由梨先輩を大事にしようと思ってらっしゃるんじゃないですか?由梨先輩と社長は…その…。バリバリの恋愛結婚!!ってわけではないんだし…。天然記念物みたいな由梨先輩がびっくりしちゃわないように。」
とても優しい子だなと由梨は思う。
奈々は思ったことをズバズバというように思われているがその実、人を傷つけないように良く考えてものを言うのだ。
「その可能性が高いわね。」
奈々の意見に長坂も同意した。
「今井さんは、早くしたかったってこと?それで不安に?」
由梨は暖かいおしぼりで意味もなく手を拭きながら首を振る。
「正直言うと私、奈々ちゃんの言うようにそういう覚悟はできていなかったから、ちょっとホッとしたりもしたんです。…でもいつまでもこのままってわけにはいかないだろうし…。覚悟を決めてちゃんとしなきゃって思うんですけど。先輩、私どうしたらいいんでしょう?」
短大を出たばかりで右も左もわからない由梨に長坂は一から仕事をおしえてくれた。
きっと今度も有益なアドバイスをくれるはずと由梨は藁にもすがる思いで答えを待つ。
けれど長坂は難しい表情で暖かいお茶をすすった。
「あのねぇ、今井さん。これは仕事の案件じゃないのよ。誰かがやり方を教えてくれるわけでもないし、先例を真似すれば良いってもんでもないわ。」
「でも…。」
「夫婦の数だけ答えがあるのよ。今井さんが自然に殿とそうなってもいいっていう覚悟ができるまで待つしかないわね。」
由梨は眉を下げた。
「でも、それじゃあ…さっきの社長の過去の話じゃないですけど、女の人と沢山お付き合いしてきた方が、なにもなしじゃ物足りなくありませんか。…そのうちに他にお付き合いする方ができても文句は言えませんよね。」
隆之は恋人はいないと言った。
それは信用できる言葉だけれど、これから先のことはわからない。
由梨がのんびりと覚悟をしている間にもし新しい恋人ができたらと思うと胸が締め付けられるような気分になる。
結婚式の次の日の朝に、"無理をすることはない"と言われた時に感じた得体の知れない不安の正体はこれだったのかと由梨は思う。
新しい一歩を踏み出すことへの躊躇と彼に置いて行かれるのではないかという不安との板挟みが苦しい。
けれど由梨のそんな不安を長坂は一蹴する。
「それはないわ。」
気持ちいいくらいにキッパリと。
「殿はどんなにスパンの短い付き合いだろうと二股だけはしなかったわ。絶対にね。好き好んで付き合っているのかどうかは謎だったけど付き合っている間はおかしいほど相手に誠実よ。だから、貴方と結婚した限りは、浮気はありえない。」
あぁわかりますと奈々が同意する。
「社長って相見積もりとかも嫌がりますもんね。」
それには由梨も思いたあることがあった。
会社にはいろいろなやり方をする社員がいて隆之はそれを極力尊重してはいるようだったが、公正な競争ならともかく陰で保険をかけるようなやり方にはいい顔をしない。
いちいち口出しはしないが、彼の気性がそういったやり方を嫌うのだろう。
「そうですよね。私…変に疑ったりして…。」
5年間も側で見ていたはずなのに変な勘ぐりをしてしまった自分が恥ずかしくて由梨は俯いた。
どんなに難しい案件でも優先順位と根拠を間違えないで対応するようにしているのに。
どうも隆之のことになると冷静には考えられないらしい。
「あぁ、でも良かったです。安心しました!」
奈々が安堵のため息を漏らしてニコニコとした。
「由梨先輩、ちゃんと社長のこと好きなんですね。浮気を疑っちゃうくらいに。」
「え…?」
由梨は戸惑いの声を上げる。
「だってぇ、結婚自体はおめでたいことだけれど。なんだか社長に都合のいい結婚でしょう?…ちょっと心配してたんですよ。社長が、由梨先輩の優しさにつけ込んで無理矢理同意させたのかなぁって…。」
「それは、私も思った!!とでもじゃないけど今までの今井さんの態度からは殿のことを好きなようには思えなかったもの。好きでもない人と結婚しなくちゃならないなんて、なんだかお嬢様も大変だなぁって。でもその様子じゃ心配ないわね。」
そんなふうに思われていたのかと思いながら、由梨の心はなんだか暖かいもので満たされてゆく。
もはや家族もいない自分がこの結婚でどんな思いをしようが誰も興味のないことだろうと思っていたが、身近に心配してくれていた人たちがいる。
それを思うと前途多難な結婚生活だけれどなんとかなるだろうと楽観的な考えさえ浮かんだ。
「そんなふうに心配していただいてたなんて、…嬉しいです。」
由梨は涙ぐんで微笑んだ。
こんなことで大袈裟なとは思うけれどそれくらいありがたい言葉だと思った。
長坂が眼鏡の奥の瞳を瞬かせた。
代わりに目をパチクリとさせて今度こそ本当に意味がわからないというように由梨を見た。
「ま…まだしてないの?」
由梨はこくんと頷く。
「あんな立派な結婚式を挙げたのに…?」
もう一度頷く。
「結婚してからもう二週間以上たつのに?」
うんうんと今度は二回頷いた。
「まだ私の心の準備ができてないだろうから無理しないていいって…。」
由梨と隆之は同じ寝室を使っているが、隆之は由梨が寝るより遅くに寝室にきて朝は先に出てゆく。
そして結婚式の日に言われたように二人は清い関係のままだ。
知識のない由梨でも何かおかしい、異常な夫婦関係だということくらいはわかる。
目の前の二人は絶句している。
「それは…。困ったわね。」
長坂はそう言って何故かお茶とおしぼりを頼んだ。
まさか由梨の相談は重症すぎると判断して帰るつもりだろうか。
「…ここ最近は女遊びをやめていたから、ついに遊び方を忘れちゃったのかしら…。」
長坂は眉を寄せて呟いた。
雰囲気が180度変わってしまった。
さっきまでのからかうような空気は一変し、二人ともうーんうーんと考えこんでいる。
先に口を開いたのは奈々だった。
「確かにあまり聞いたことのない夫婦の形ですけど、社長は社長なりに由梨先輩を大事にしようと思ってらっしゃるんじゃないですか?由梨先輩と社長は…その…。バリバリの恋愛結婚!!ってわけではないんだし…。天然記念物みたいな由梨先輩がびっくりしちゃわないように。」
とても優しい子だなと由梨は思う。
奈々は思ったことをズバズバというように思われているがその実、人を傷つけないように良く考えてものを言うのだ。
「その可能性が高いわね。」
奈々の意見に長坂も同意した。
「今井さんは、早くしたかったってこと?それで不安に?」
由梨は暖かいおしぼりで意味もなく手を拭きながら首を振る。
「正直言うと私、奈々ちゃんの言うようにそういう覚悟はできていなかったから、ちょっとホッとしたりもしたんです。…でもいつまでもこのままってわけにはいかないだろうし…。覚悟を決めてちゃんとしなきゃって思うんですけど。先輩、私どうしたらいいんでしょう?」
短大を出たばかりで右も左もわからない由梨に長坂は一から仕事をおしえてくれた。
きっと今度も有益なアドバイスをくれるはずと由梨は藁にもすがる思いで答えを待つ。
けれど長坂は難しい表情で暖かいお茶をすすった。
「あのねぇ、今井さん。これは仕事の案件じゃないのよ。誰かがやり方を教えてくれるわけでもないし、先例を真似すれば良いってもんでもないわ。」
「でも…。」
「夫婦の数だけ答えがあるのよ。今井さんが自然に殿とそうなってもいいっていう覚悟ができるまで待つしかないわね。」
由梨は眉を下げた。
「でも、それじゃあ…さっきの社長の過去の話じゃないですけど、女の人と沢山お付き合いしてきた方が、なにもなしじゃ物足りなくありませんか。…そのうちに他にお付き合いする方ができても文句は言えませんよね。」
隆之は恋人はいないと言った。
それは信用できる言葉だけれど、これから先のことはわからない。
由梨がのんびりと覚悟をしている間にもし新しい恋人ができたらと思うと胸が締め付けられるような気分になる。
結婚式の次の日の朝に、"無理をすることはない"と言われた時に感じた得体の知れない不安の正体はこれだったのかと由梨は思う。
新しい一歩を踏み出すことへの躊躇と彼に置いて行かれるのではないかという不安との板挟みが苦しい。
けれど由梨のそんな不安を長坂は一蹴する。
「それはないわ。」
気持ちいいくらいにキッパリと。
「殿はどんなにスパンの短い付き合いだろうと二股だけはしなかったわ。絶対にね。好き好んで付き合っているのかどうかは謎だったけど付き合っている間はおかしいほど相手に誠実よ。だから、貴方と結婚した限りは、浮気はありえない。」
あぁわかりますと奈々が同意する。
「社長って相見積もりとかも嫌がりますもんね。」
それには由梨も思いたあることがあった。
会社にはいろいろなやり方をする社員がいて隆之はそれを極力尊重してはいるようだったが、公正な競争ならともかく陰で保険をかけるようなやり方にはいい顔をしない。
いちいち口出しはしないが、彼の気性がそういったやり方を嫌うのだろう。
「そうですよね。私…変に疑ったりして…。」
5年間も側で見ていたはずなのに変な勘ぐりをしてしまった自分が恥ずかしくて由梨は俯いた。
どんなに難しい案件でも優先順位と根拠を間違えないで対応するようにしているのに。
どうも隆之のことになると冷静には考えられないらしい。
「あぁ、でも良かったです。安心しました!」
奈々が安堵のため息を漏らしてニコニコとした。
「由梨先輩、ちゃんと社長のこと好きなんですね。浮気を疑っちゃうくらいに。」
「え…?」
由梨は戸惑いの声を上げる。
「だってぇ、結婚自体はおめでたいことだけれど。なんだか社長に都合のいい結婚でしょう?…ちょっと心配してたんですよ。社長が、由梨先輩の優しさにつけ込んで無理矢理同意させたのかなぁって…。」
「それは、私も思った!!とでもじゃないけど今までの今井さんの態度からは殿のことを好きなようには思えなかったもの。好きでもない人と結婚しなくちゃならないなんて、なんだかお嬢様も大変だなぁって。でもその様子じゃ心配ないわね。」
そんなふうに思われていたのかと思いながら、由梨の心はなんだか暖かいもので満たされてゆく。
もはや家族もいない自分がこの結婚でどんな思いをしようが誰も興味のないことだろうと思っていたが、身近に心配してくれていた人たちがいる。
それを思うと前途多難な結婚生活だけれどなんとかなるだろうと楽観的な考えさえ浮かんだ。
「そんなふうに心配していただいてたなんて、…嬉しいです。」
由梨は涙ぐんで微笑んだ。
こんなことで大袈裟なとは思うけれどそれくらいありがたい言葉だと思った。
長坂が眼鏡の奥の瞳を瞬かせた。