政略結婚は純愛のように~狼社長は新妻を一途に愛しすぎている~
隆之は自家用車で来ていた。
会合からの帰りなら運転手の乗る車で来ていてもおかしくはないのに。
ひょっとして一度自宅に帰ってからわざわざ由梨を迎えに来てくれたのでは、という淡い期待のような希望のような思いが由梨の中に芽生える。
けれどもちろんそれを尋ねることは出来なかった。
車に乗ってハンドルを握る隆之の横顔を由梨は見つめる。
流れる夜の街のネオンに浮かび上がるシルエットはとても綺麗だと思った。
ネクタイを外し首元をくつろげたシャツ、少し乱れた襟足。
「…二人とは気が合うみたいだな。」
前方を見つめながら隆之がふいに言った。
「はい。二人ともとても良くしてくれます。…本当なら私みたいな特殊な立場の者と働くのは嫌だと思われても仕方がないのに…。本当にありがたいです。」
「確かに。」
隆之のシルエットが頷く。
「でもそれは君が今まで二人とそういう関係を築いてきたからだろう。」
意外な隆之の言葉に由梨は聞き返す。
「…私が?」
「そうだ。人と人との関係性は決して一方通行ではないからね。二人が良くしてくれるのは、もちろん二人の性格(ポテンシャル)もあるが、君が二人に良くしてきた結果だとも言える。」
ハンドルを切る隆之を見つめながら、由梨はその言葉をゆっくりと心の中で咀嚼した。
噛むたびに甘い味が広がる新米のような言葉だと思った。
無機質だった東京での暮らし。
寒い豪雪地帯で見つけた少しの温もり。
「…本当にそうだったらいいな、と思います。」
そう言って由梨は窓の外を見る。
なんだか今日は胸がいっぱいだ。
次第に歓楽街から遠ざかってゆく景色を眺めながら由梨はゆっくりと目を閉じた。
「…俺の過去の話だが。」
隆之が静かに話始めるのを由梨は視線だけで受け止める。
隆之の少し困ったような表情が珍しいと思いながら。
「…決して褒められたものじゃない。」
片手でぐしゃぐしゃと頭を掻く、そんな仕草も見たことがない姿だった。
髪が乱れて、癖のある毛がぴんぴんと跳ねた。
(あ…、狼。)
「長坂にはあまり言わないようにと釘を刺したんだが。…まぁ、元はと言えば俺がしたことだからな。なんと言われても仕方がない。」
そう言って隆之が車を停めた。
いつのまにか車は加賀家の駐車場に滑り込んでいた。
エンジンを停めた隆之が由梨の方を見る。
一瞬、またあの狼の瞳で見つめられるのかと由梨は身構えてしまう。
あの瞳に見つめられてしまったら、今夜は抗えなくなると思った。
しかしそんな由梨を捉えたのは意外なほど真摯な視線だった。
「俺の過去は確かに長坂の言う通り、酷いものだった。それを今更、言い訳はしないが、…不快な思いをさせたなら、すまない。」
突然かつ意外な隆之の謝罪にどこかふわふわとしていた由梨の眠気は吹き飛んでしまう。
「しゃ、社長!そんな…!」
慌てて言いかける由梨の唇を隆之は親指で押さえる。
「由梨、呼び方は?」
「え、あ…、た、隆之さん。」
オーケーとでも言いたげに由梨の唇をひと撫でして隆之の指が離れてゆく。
それにほんの少しのもの足りなさを感じながら、由梨は首をふる。
「隆之さんは、私よりも八歳も年上なんですから、それは仕方がないです…。私は気にしていません。」
半分は本当で半分はうそだ。
けれど過去は変えられないのに蒸し返すようなことはしたくなかった。
「そうか…ならいい。もちろんこれからは由梨だけだから、安心しろ。」
すごく誠実な言葉だと思った。
政略結婚。
そうかもしれない。
けれどそれでも隆之は由梨に誠実に向き合おうとしてくれているのだ。
戸惑いながらも年月を重ねればきっと幸せになれると由梨は思う。
少なくとも彼の言葉に自分はこんなにも幸せな気持ちになるのだから。
気がつくと隆之の大きな手に頬を包まれていた。
唇に柔らかな彼の唇の感触を感じながら長坂が言っていたような覚悟ができるのもそう遠い日ではないと、由梨は確信していた。
会合からの帰りなら運転手の乗る車で来ていてもおかしくはないのに。
ひょっとして一度自宅に帰ってからわざわざ由梨を迎えに来てくれたのでは、という淡い期待のような希望のような思いが由梨の中に芽生える。
けれどもちろんそれを尋ねることは出来なかった。
車に乗ってハンドルを握る隆之の横顔を由梨は見つめる。
流れる夜の街のネオンに浮かび上がるシルエットはとても綺麗だと思った。
ネクタイを外し首元をくつろげたシャツ、少し乱れた襟足。
「…二人とは気が合うみたいだな。」
前方を見つめながら隆之がふいに言った。
「はい。二人ともとても良くしてくれます。…本当なら私みたいな特殊な立場の者と働くのは嫌だと思われても仕方がないのに…。本当にありがたいです。」
「確かに。」
隆之のシルエットが頷く。
「でもそれは君が今まで二人とそういう関係を築いてきたからだろう。」
意外な隆之の言葉に由梨は聞き返す。
「…私が?」
「そうだ。人と人との関係性は決して一方通行ではないからね。二人が良くしてくれるのは、もちろん二人の性格(ポテンシャル)もあるが、君が二人に良くしてきた結果だとも言える。」
ハンドルを切る隆之を見つめながら、由梨はその言葉をゆっくりと心の中で咀嚼した。
噛むたびに甘い味が広がる新米のような言葉だと思った。
無機質だった東京での暮らし。
寒い豪雪地帯で見つけた少しの温もり。
「…本当にそうだったらいいな、と思います。」
そう言って由梨は窓の外を見る。
なんだか今日は胸がいっぱいだ。
次第に歓楽街から遠ざかってゆく景色を眺めながら由梨はゆっくりと目を閉じた。
「…俺の過去の話だが。」
隆之が静かに話始めるのを由梨は視線だけで受け止める。
隆之の少し困ったような表情が珍しいと思いながら。
「…決して褒められたものじゃない。」
片手でぐしゃぐしゃと頭を掻く、そんな仕草も見たことがない姿だった。
髪が乱れて、癖のある毛がぴんぴんと跳ねた。
(あ…、狼。)
「長坂にはあまり言わないようにと釘を刺したんだが。…まぁ、元はと言えば俺がしたことだからな。なんと言われても仕方がない。」
そう言って隆之が車を停めた。
いつのまにか車は加賀家の駐車場に滑り込んでいた。
エンジンを停めた隆之が由梨の方を見る。
一瞬、またあの狼の瞳で見つめられるのかと由梨は身構えてしまう。
あの瞳に見つめられてしまったら、今夜は抗えなくなると思った。
しかしそんな由梨を捉えたのは意外なほど真摯な視線だった。
「俺の過去は確かに長坂の言う通り、酷いものだった。それを今更、言い訳はしないが、…不快な思いをさせたなら、すまない。」
突然かつ意外な隆之の謝罪にどこかふわふわとしていた由梨の眠気は吹き飛んでしまう。
「しゃ、社長!そんな…!」
慌てて言いかける由梨の唇を隆之は親指で押さえる。
「由梨、呼び方は?」
「え、あ…、た、隆之さん。」
オーケーとでも言いたげに由梨の唇をひと撫でして隆之の指が離れてゆく。
それにほんの少しのもの足りなさを感じながら、由梨は首をふる。
「隆之さんは、私よりも八歳も年上なんですから、それは仕方がないです…。私は気にしていません。」
半分は本当で半分はうそだ。
けれど過去は変えられないのに蒸し返すようなことはしたくなかった。
「そうか…ならいい。もちろんこれからは由梨だけだから、安心しろ。」
すごく誠実な言葉だと思った。
政略結婚。
そうかもしれない。
けれどそれでも隆之は由梨に誠実に向き合おうとしてくれているのだ。
戸惑いながらも年月を重ねればきっと幸せになれると由梨は思う。
少なくとも彼の言葉に自分はこんなにも幸せな気持ちになるのだから。
気がつくと隆之の大きな手に頬を包まれていた。
唇に柔らかな彼の唇の感触を感じながら長坂が言っていたような覚悟ができるのもそう遠い日ではないと、由梨は確信していた。