政略結婚は純愛のように~狼社長は新妻を一途に愛しすぎている~
通夜は次の日、告別式は明後日と決まった。
隆之は業務の都合上駆けつけるのは明日の午後になるようだ。
その日の夜は大広間で久しぶりに親戚一同が集まっての夕食となった。
先先代がハイカラ好きだったこともあり、今井の屋敷は洋館だ。
大広間の天井は高く、そこにアンティークのシャンデリアが光り輝いている。
そのテーブルの隅で由梨は味のしない食事をひたすら口に運んでいる。
「由梨、加賀くんの部屋はゲストルームに準備してあるからな。明日来られたら案内するように。」
祖父が死んで名実ともに一族の長となった幸仁叔父がテーブルの一番遠い場所から由梨に言った。
それまで思い思いに話していた者たちも声につられて由梨を見る。
あらいたのね、という囁きが聞こえた。
「はい。わかりました。」
由梨は無表情で答えた。
「相変わらず暗いわね。」
由梨の斜め前に座っている祥子が吐き捨てるように言った。
彼女は一族の中でも人一倍プライドが高く派手好きだ。
由梨のことは地味だ暗いといつも言いたい放題だった。
「伯父様、なんでこんな子が加賀さんの奥様なの。私許せないわ。」
朱里の姉の今井祥子は三年前に嫁いだが、性格の不一致で昨年離婚し、戻ってきた。
以来、敷地内の建物に住んでいる。
「年齢で言えば私が釣り合うのに。」
口を尖らせて言う祥子の言葉に朱里が声をたてて笑った。
「まさか、お姉さま!出戻りじゃ失礼よ!私が一番適任だったはずよ。伯父様ったらどうして私にしてくださらなかったの?」
祥子はじろりと朱里睨む。
「あんたみたいなチンチクリンじゃ無理よ。加賀さんの歴代の彼女を知ってるでしょう。みんな大人でスタイルがよくて美人なの。愛嬌だけじゃだめなのよ。」
「ほー、祥子は加賀君のことを昔から知っているのか。だとしたら本当に間違えて縁組しちまったんじゃないかい。兄貴。」
叔父の一人が幸仁叔父に言う。
組み合わせを間違えたなど、人の結婚をなんだと思っているのだ、と由梨は心の中で憤るが、考えてみれば今井家では普通の会話だ。
5年前に北部支社に来ていなければ由梨はこの中で疑問に感じることすらなかったかもしれない。
「加賀君の相手は由梨でいい。」
幸仁が鬱陶しそうに言う。
「そうですよ。今更みっともないこと言わないで下さいな、祥子さん、朱里さん。貴方達、北部に行く覚悟はないでしょう?」
幸仁の妻である芳子が夫と同様鬱陶しそうに言う。
「祥子、もしかしてお前元カノなんじゃね?」
従兄弟の一人の下衆な勘ぐりに、由梨の胸が鳴る。
まさかと思いながらも、隆之の派手だったという女性遍歴を思うとありえないことではない。
由梨は恐る恐る祥子を見た。
祥子はふてくされたように背もたれに身体を預けてナフキンをひらひらとさせた。
「私じゃないわ。…マリアよ。」
「え?マリア?マリアってお前の友達でモデルの?」
今度は従兄弟達が色めき立つ。
ひゅーと誰かが口ぶえを鳴らした。
「あのレベルかぁー!すげえなぁ。だったら本当に失敗したかもしれないぜ、叔父さん。あんな女を相手にしてた男が由梨で満足できるわけがない。」
今更従兄弟達の暴言に傷つく自分ではないと思いながらも由梨の胸がキリリと痛んだ。
今彼が言ったことは由梨はもっとも恐れていることだからだ。
「…そんなにすごいのかい、彼は。」
幸仁は従兄弟の言葉に少しの不安を感じたように聞いた。
「すごいんだから!」
答えたのは祥子だった。
「私が大学一年の時に彼はすでにT大の四回生だったんだけれどすごくかっこよくて優秀なので有名だったんだから。私、大学は違うけどインカレサークルに入ってマリアと一緒によく彼を見に行ったわ。いつもミスキャンパスとかモデルとか、そういう彼女を連れてた。相手はひっきりなしに変わるんだけど、誰一人彼のことを悪く言う人はいなかったわ。」
「ひっきりなしに相手が変わるのにお前は相手にされなかったわけか?まぁ、マリアには負けるよな。」
従兄弟のからかいに祥子は憮然とした。
「タイミングの問題よ。マリアがたまたま…それにあの子も結局はフラれたんだから。聞くところによると、加賀さんは付き合う前に結婚はできないって確認してそれでもいいって子としか付き合わなかったそうよ。結婚と恋愛は完全に分けてらしたってことじゃないかしら。だとしたら、由梨を受け入れられた訳がわかるわ。」
祥子の話を聞いた幸仁は首を振ってくだらんと呟いた。
「とにかくもう決まったことだ。加賀君が結婚と遊びを分けていたと言うなら結構なことだ。ゆくゆくは加賀家の長となる者としての自覚があったということだろう。」
ひどい言われようだが、的を得た話でもあると由梨は思った。
加賀隆之は学生のころから恋愛と結婚を完全に分けて考えていた。
だからこそ由梨を受け入れた。
由梨はずきんずきんとなる胸の痛みから逃れるように小さく首を振った。
「いくら由梨に不足があっても彼がそういう考えの持ち主なら安心できるというものだ。」
そう言って幸仁はワインを煽った。
隆之は業務の都合上駆けつけるのは明日の午後になるようだ。
その日の夜は大広間で久しぶりに親戚一同が集まっての夕食となった。
先先代がハイカラ好きだったこともあり、今井の屋敷は洋館だ。
大広間の天井は高く、そこにアンティークのシャンデリアが光り輝いている。
そのテーブルの隅で由梨は味のしない食事をひたすら口に運んでいる。
「由梨、加賀くんの部屋はゲストルームに準備してあるからな。明日来られたら案内するように。」
祖父が死んで名実ともに一族の長となった幸仁叔父がテーブルの一番遠い場所から由梨に言った。
それまで思い思いに話していた者たちも声につられて由梨を見る。
あらいたのね、という囁きが聞こえた。
「はい。わかりました。」
由梨は無表情で答えた。
「相変わらず暗いわね。」
由梨の斜め前に座っている祥子が吐き捨てるように言った。
彼女は一族の中でも人一倍プライドが高く派手好きだ。
由梨のことは地味だ暗いといつも言いたい放題だった。
「伯父様、なんでこんな子が加賀さんの奥様なの。私許せないわ。」
朱里の姉の今井祥子は三年前に嫁いだが、性格の不一致で昨年離婚し、戻ってきた。
以来、敷地内の建物に住んでいる。
「年齢で言えば私が釣り合うのに。」
口を尖らせて言う祥子の言葉に朱里が声をたてて笑った。
「まさか、お姉さま!出戻りじゃ失礼よ!私が一番適任だったはずよ。伯父様ったらどうして私にしてくださらなかったの?」
祥子はじろりと朱里睨む。
「あんたみたいなチンチクリンじゃ無理よ。加賀さんの歴代の彼女を知ってるでしょう。みんな大人でスタイルがよくて美人なの。愛嬌だけじゃだめなのよ。」
「ほー、祥子は加賀君のことを昔から知っているのか。だとしたら本当に間違えて縁組しちまったんじゃないかい。兄貴。」
叔父の一人が幸仁叔父に言う。
組み合わせを間違えたなど、人の結婚をなんだと思っているのだ、と由梨は心の中で憤るが、考えてみれば今井家では普通の会話だ。
5年前に北部支社に来ていなければ由梨はこの中で疑問に感じることすらなかったかもしれない。
「加賀君の相手は由梨でいい。」
幸仁が鬱陶しそうに言う。
「そうですよ。今更みっともないこと言わないで下さいな、祥子さん、朱里さん。貴方達、北部に行く覚悟はないでしょう?」
幸仁の妻である芳子が夫と同様鬱陶しそうに言う。
「祥子、もしかしてお前元カノなんじゃね?」
従兄弟の一人の下衆な勘ぐりに、由梨の胸が鳴る。
まさかと思いながらも、隆之の派手だったという女性遍歴を思うとありえないことではない。
由梨は恐る恐る祥子を見た。
祥子はふてくされたように背もたれに身体を預けてナフキンをひらひらとさせた。
「私じゃないわ。…マリアよ。」
「え?マリア?マリアってお前の友達でモデルの?」
今度は従兄弟達が色めき立つ。
ひゅーと誰かが口ぶえを鳴らした。
「あのレベルかぁー!すげえなぁ。だったら本当に失敗したかもしれないぜ、叔父さん。あんな女を相手にしてた男が由梨で満足できるわけがない。」
今更従兄弟達の暴言に傷つく自分ではないと思いながらも由梨の胸がキリリと痛んだ。
今彼が言ったことは由梨はもっとも恐れていることだからだ。
「…そんなにすごいのかい、彼は。」
幸仁は従兄弟の言葉に少しの不安を感じたように聞いた。
「すごいんだから!」
答えたのは祥子だった。
「私が大学一年の時に彼はすでにT大の四回生だったんだけれどすごくかっこよくて優秀なので有名だったんだから。私、大学は違うけどインカレサークルに入ってマリアと一緒によく彼を見に行ったわ。いつもミスキャンパスとかモデルとか、そういう彼女を連れてた。相手はひっきりなしに変わるんだけど、誰一人彼のことを悪く言う人はいなかったわ。」
「ひっきりなしに相手が変わるのにお前は相手にされなかったわけか?まぁ、マリアには負けるよな。」
従兄弟のからかいに祥子は憮然とした。
「タイミングの問題よ。マリアがたまたま…それにあの子も結局はフラれたんだから。聞くところによると、加賀さんは付き合う前に結婚はできないって確認してそれでもいいって子としか付き合わなかったそうよ。結婚と恋愛は完全に分けてらしたってことじゃないかしら。だとしたら、由梨を受け入れられた訳がわかるわ。」
祥子の話を聞いた幸仁は首を振ってくだらんと呟いた。
「とにかくもう決まったことだ。加賀君が結婚と遊びを分けていたと言うなら結構なことだ。ゆくゆくは加賀家の長となる者としての自覚があったということだろう。」
ひどい言われようだが、的を得た話でもあると由梨は思った。
加賀隆之は学生のころから恋愛と結婚を完全に分けて考えていた。
だからこそ由梨を受け入れた。
由梨はずきんずきんとなる胸の痛みから逃れるように小さく首を振った。
「いくら由梨に不足があっても彼がそういう考えの持ち主なら安心できるというものだ。」
そう言って幸仁はワインを煽った。