政略結婚は純愛のように~狼社長は新妻を一途に愛しすぎている~
「あ…、え…?加賀君…?」

 由梨は幸仁叔父がこのように動揺しているところを初めて見た。
 叔父はいつも堂々としていて動じない。
 それは巨大なグループを率いるリーダーとして最低限必要なことなのだろう。
 その叔父が今、隆之を前にして僅かながら焦りを見せている。
 それは不思議な光景だった。

「着くのは明日では…?」

「予定が一つなくなりましたので急ぎ駆けつけました。…ご連絡も入れずに申し訳ありません。お悔やみを、一刻も早くお伝えしたくて。」

 隆之が丁寧に頭を下げる。

「いや…。」

 幸仁が首を振った。

「君も親戚に当たるのだから遠慮は要らん。…それにしても、おい、お前!加賀君が来ているならさっさと声をかけんか!!」

 幸仁は下がりかけている使用人を叱った。
 
「彼を咎めないで下さい。お声がけしようと思いましたら取り込み中のようでしたので、お待ちしていたのです。」

 隆之は使用人を庇い彼を下がらせた。
 食堂に先ほどとはまた違った緊張が走る。
 叔父が由梨に口止めした話がよりによって本人に聞かれていたことがわかったのだから。
 
「加賀君…その、妻が言ったことは…。」

「そのことならお気になさらなくて結構です。」

 隆之はそう言って食卓の隅で皆と同じように唖然としている由梨に歩み寄った。
 大理石の床に隆之の上質な革靴の音がカツカツと鳴った。  
 そして皆が固唾を飲んで見守る中、由梨の真後ろに立ち、背もたれに両手を着いた隆之は優雅に微笑んだ。

「私が言わなくてはいけないことは全て妻が言ってくれたようです。」

 隆之の暖かさを背中に感じ、由梨の心は凪いでゆく。
 芳子の顔が醜く歪んだ。

「初めてお会いする方もいらっしゃいますのでご挨拶しなくてはと思うのですが遠方から来たもので…少々疲れました。本日は失礼させていただいてもよろしいですか。」

「お、あぁ、勿論だ。だが、加賀君食事は?」

 幸仁は聞かれたくなかったことを聞かれてしまった隆之がこの場に止まらないことに安堵した様子で答える。

「来る途中で食べてきましたのでお気遣いなく。」

「そ、そうか。では由梨、ゲストルームをご案内しなさい。」

 由梨は頷いて立ち上がった。 

「では、失礼致します。」

 隆之がもう一度丁寧に頭を下げだ。
 朱里と祥子が隆之を羨望の眼差しで見つめ、同時に由梨を憎々しげに睨んだ。
 由梨も無言で頭を下げて二人は食堂を後にした。
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