政略結婚は純愛のように~狼社長は新妻を一途に愛しすぎている~
「えー!じゃあ、由梨先輩いなくなっちゃうんですかぁ。」
お昼休みそれぞれの席でそれぞれの昼食を広げている中、奈々が声をあげる。
「まだ、わからないけれど…。」
由梨はうちから持ってきたお弁当をつつきながら俯いた。
さっき加賀に夜家に来るように言われてから急にこの先の不安で胸がいっぱいになり、なんだか食欲がない。
「私、由梨先輩がいなくなるなんて嫌だぁ。ここでは唯一優しい先輩なのにぃー。」
奈々がため息を吐いて首を振った。
それをもう一人の先輩である長坂がジロリ睨んだ。
「仕方がないでしょう。今井さんはもともとそういう方だってわかっていたことじゃないの。大体あなた、そういうことを気にしなさすぎなのよ。本当だったら、私たちとは全く違う世界のお嬢様なんだから。」
奈々にはそう小言を言う長坂だったが彼女こそこの会社で数少ない、由梨を特別視しない人の一人だ。
加賀とは大学の同級生だという彼女は、秘書室の女帝だとか鉄の女などと言われて社内では恐れられている。
そして創業者一族の人間である由梨にも皆と同じように厳しかった。
その厳しさが由梨にはありがたく、また心地よかった。
由梨は生まれてから現在までいつでもどこでも"今井家の人間"だった。
無駄にへりくだる者、逆にやたらと敵対したがる者…。
それはこの街でも由梨の素性を知る者であれば同じことだった。
そんな中にあって自然体で接してくれる人は貴重な存在だ。
「だって私、由梨先輩の後に入社したから、なんだが実感がなくて。みんなは由梨先輩のことお嬢様だっていうけど、先輩って優しいし…それに毎日お昼は自分で作ったお弁当じゃないですか。なんだかそんな感じしないですよね。」
由梨が東京へ帰りたくない一番の理由はこの秘書室で働くことが好きだからだ。
短大を卒業したてで右も左もわからない由梨を長坂は厳しく指導し働く喜びを教えてくれた。
社会人として育ててくれた。
去年入った奈々も由梨を慕ってくれている。
どれも東京にいたままでは経験できなかったことだ。
手放せと言われてハイそうですかとはすぐに言えるはずもない。
「私も本当は残りたいのだけど…。」
味のしないプチトマトを飲み込んで、由梨は呟く。
「…希望を言うことはできないの?」
一段声を落として長坂が由梨を見る。
社内では怖いと恐れられている厳しそうなメガネの奥に心配そうな眼差しがある。
それを心底ありがたいと由梨は思う。
「もちろん言うことはできると思いますが…その通りになるかというと…話は別だと思います。」
由梨は肩を落とす。
"本筋"ではないと随分言われた由梨だけれど、政略結婚の駒くらいにはなるはずだ。
できればこのまま今井とは関係のないところで細々と暮らしていきたいなどというささやかな希望を祖父や叔父たちが許すとは思えなかった。
「社長のこともそうだけれど…。一体どういう話を持って帰ってきたのかしらね…。殿は。」
そう言ってため息をついた長坂の視線の先には副社長室の扉がある。
つられて由梨も奈々も無言でそこを見つめた。
来週行う記者会見の打ち合わせか、はたまた由梨の処遇についてか。
さっきから蜂須賀と加賀は部屋に篭りきりである。
夜には自分の運命が決まる。
由梨の胸がきりりと傷んだ。
結局、お弁当はほとんど残してしまった。
お昼休みそれぞれの席でそれぞれの昼食を広げている中、奈々が声をあげる。
「まだ、わからないけれど…。」
由梨はうちから持ってきたお弁当をつつきながら俯いた。
さっき加賀に夜家に来るように言われてから急にこの先の不安で胸がいっぱいになり、なんだか食欲がない。
「私、由梨先輩がいなくなるなんて嫌だぁ。ここでは唯一優しい先輩なのにぃー。」
奈々がため息を吐いて首を振った。
それをもう一人の先輩である長坂がジロリ睨んだ。
「仕方がないでしょう。今井さんはもともとそういう方だってわかっていたことじゃないの。大体あなた、そういうことを気にしなさすぎなのよ。本当だったら、私たちとは全く違う世界のお嬢様なんだから。」
奈々にはそう小言を言う長坂だったが彼女こそこの会社で数少ない、由梨を特別視しない人の一人だ。
加賀とは大学の同級生だという彼女は、秘書室の女帝だとか鉄の女などと言われて社内では恐れられている。
そして創業者一族の人間である由梨にも皆と同じように厳しかった。
その厳しさが由梨にはありがたく、また心地よかった。
由梨は生まれてから現在までいつでもどこでも"今井家の人間"だった。
無駄にへりくだる者、逆にやたらと敵対したがる者…。
それはこの街でも由梨の素性を知る者であれば同じことだった。
そんな中にあって自然体で接してくれる人は貴重な存在だ。
「だって私、由梨先輩の後に入社したから、なんだが実感がなくて。みんなは由梨先輩のことお嬢様だっていうけど、先輩って優しいし…それに毎日お昼は自分で作ったお弁当じゃないですか。なんだかそんな感じしないですよね。」
由梨が東京へ帰りたくない一番の理由はこの秘書室で働くことが好きだからだ。
短大を卒業したてで右も左もわからない由梨を長坂は厳しく指導し働く喜びを教えてくれた。
社会人として育ててくれた。
去年入った奈々も由梨を慕ってくれている。
どれも東京にいたままでは経験できなかったことだ。
手放せと言われてハイそうですかとはすぐに言えるはずもない。
「私も本当は残りたいのだけど…。」
味のしないプチトマトを飲み込んで、由梨は呟く。
「…希望を言うことはできないの?」
一段声を落として長坂が由梨を見る。
社内では怖いと恐れられている厳しそうなメガネの奥に心配そうな眼差しがある。
それを心底ありがたいと由梨は思う。
「もちろん言うことはできると思いますが…その通りになるかというと…話は別だと思います。」
由梨は肩を落とす。
"本筋"ではないと随分言われた由梨だけれど、政略結婚の駒くらいにはなるはずだ。
できればこのまま今井とは関係のないところで細々と暮らしていきたいなどというささやかな希望を祖父や叔父たちが許すとは思えなかった。
「社長のこともそうだけれど…。一体どういう話を持って帰ってきたのかしらね…。殿は。」
そう言ってため息をついた長坂の視線の先には副社長室の扉がある。
つられて由梨も奈々も無言でそこを見つめた。
来週行う記者会見の打ち合わせか、はたまた由梨の処遇についてか。
さっきから蜂須賀と加賀は部屋に篭りきりである。
夜には自分の運命が決まる。
由梨の胸がきりりと傷んだ。
結局、お弁当はほとんど残してしまった。