政略結婚は純愛のように~狼社長は新妻を一途に愛しすぎている~
隆之の忍耐
(なんなんだ、あれは。…あれは反則だ!!)
隆之は心の中で悪態をつきながら、えんじ色の絨毯が敷き詰められた今井家の廊下を進んだ。
ゲストルームがどこかはわからないけれど、どこでもいいからとにかく頭が冷えるまで歩き続けなくてはと思った。
でなければすぐにでも由梨の部屋に戻って彼女に襲いかかってしまいそうだった。
結婚してから由梨は変わった。
もともとは仕事熱心な方であったのに、父親が死んでからはいつ東京に戻されるかわからないという気持ちがあったのだろう、時間のかかる案件は躊躇する傾向が見られた。
それが北部支社にずっといられることが決まってからはどの案件にも積極的に取り組み伸び伸びと業務にあたっている。
まるで水を得た魚のようだ言ったのは蜂須賀だったか。
消極的にでも隆之と結婚し北部支社に残ることができた由梨が安心して好きなことができるように見守るのは、隆之の役目だ。
いや何も知らない彼女を裏で工作して結婚へと追い込んだ自分にできる唯一の贖罪かもしれない。
仕事終わりに同僚と飲みに行き、少々の愚痴を言い合う、今井家という鳥籠の中にいて今までできなかった、たわいもないことを存分にさせてやりたいと思う。
そんな日々を楽しむ彼女に、自分の劣情は邪魔になるだけ、そう思い隆之は自分を戒めてきた。
流石に毎日同じベッドで眠るのは辛かったが、必ず彼女が寝た後に寝室へ行き、起きる前に出ることにしてなるべくそのような雰囲気にならないよう努めた。
そうしていてもあどけない顔で眠る彼女に手が伸びかけたことは一度や二度ではない…忍耐の日々だ。
当たり前だが由梨はそんな隆之の苦悩を知らない。
無垢な彼女には想像つかないに違いない。
知られてしまえば彼女の眼差しの奥にある、自分に対する尊敬と感謝の念はたちまち崩れてしまうに違いない。
何より彼女を混乱させてしまうだけ、そう思い隆之は強靭な理性でもって自分の欲望を抑え込んでいた。
隆之は彼女に接するときはその思いを慎重に隠しながら、少しずつ"上司"としてではなく男として見られるようにゆっくり、ゆっくりとことを進めてきたのだ。
一方で由梨はめざましい変化を遂げているように思う。
大広間で今井家の影の支配者だと揶揄される今井芳子に意見する彼女の姿は、凛としていて、まるで雪の中でも鮮やかに咲く寒椿を思わせた。
隆之は由梨が誰かに向かって声を荒げる姿を初めて見た。
おそらく滅多にないのであろう、だがそれが会社のためであったというところが彼女らしい。
僅かに震える声を励ますように高い天井に響かせて、絶対的な権力者である芳子に意見する姿に、隆之は震えるほどの感動を覚え、雷に打たれたように動けなかった。
あの瞬間に隆之は自覚したのだ。
自分が惹かれているものの正体を。
今まで女とは飽きるほど付き合ってきた自分がなぜ東京から来たまだあどけなさを残している少女のような由梨を妻にしたいと強く願ったのか。
その理由がようやくわかった。
自分は間違いなくこの強さに惹かれたのだ。
業界では知らない者はいないほど有名な今井家の影の部分。
その一番真ん中で育ったはずなのに、それに染まらずに美しいままの由梨。
見ず知らずの土地、環境も習慣も異なる土地で、自分の居場所を築き上げてきたしなやかさ。
そして今、結婚を機に蝶が蛹(さなぎ)から出て自由な世界へ羽ばたくかのように大きく成長しようとしている。
隆之には儚げに見える由梨が隠しもつその強さが、奇跡のように愛おしいのだ。
自分ができることはそう多くはないかもしれない、それでも大切に大切にその成長を見てゆこう、改めてそう決意した。
それなのに。
さっきの由梨はなんだ。
花が綻ぶような微笑み、甘い吐息、慣れていないとは思ったが全くの無垢であったとは…!
(危なかった…。)
彼女の初めてをもらうには全くふさわしくない場所にも関わらず、手が出る寸前だった。
ましてやゲストルームなどへ案内されては、もうそこで自分の我慢が爆発して有無を言わさず押し倒してしまうことは目に見えていた。
隆之はさっき由梨と上った階段をゆっくりと下へ降りてゆく。
上がってしまった自分のボルテージも下げなくてはと思いながら。
確かゲストルームは一階の筈だ。
その時。
「あら、加賀さん!」
弾むような声で話しかけられて隆之は振り返る。
背の高い派手な髪色の女性が立っていた。
隆之は心の中で悪態をつきながら、えんじ色の絨毯が敷き詰められた今井家の廊下を進んだ。
ゲストルームがどこかはわからないけれど、どこでもいいからとにかく頭が冷えるまで歩き続けなくてはと思った。
でなければすぐにでも由梨の部屋に戻って彼女に襲いかかってしまいそうだった。
結婚してから由梨は変わった。
もともとは仕事熱心な方であったのに、父親が死んでからはいつ東京に戻されるかわからないという気持ちがあったのだろう、時間のかかる案件は躊躇する傾向が見られた。
それが北部支社にずっといられることが決まってからはどの案件にも積極的に取り組み伸び伸びと業務にあたっている。
まるで水を得た魚のようだ言ったのは蜂須賀だったか。
消極的にでも隆之と結婚し北部支社に残ることができた由梨が安心して好きなことができるように見守るのは、隆之の役目だ。
いや何も知らない彼女を裏で工作して結婚へと追い込んだ自分にできる唯一の贖罪かもしれない。
仕事終わりに同僚と飲みに行き、少々の愚痴を言い合う、今井家という鳥籠の中にいて今までできなかった、たわいもないことを存分にさせてやりたいと思う。
そんな日々を楽しむ彼女に、自分の劣情は邪魔になるだけ、そう思い隆之は自分を戒めてきた。
流石に毎日同じベッドで眠るのは辛かったが、必ず彼女が寝た後に寝室へ行き、起きる前に出ることにしてなるべくそのような雰囲気にならないよう努めた。
そうしていてもあどけない顔で眠る彼女に手が伸びかけたことは一度や二度ではない…忍耐の日々だ。
当たり前だが由梨はそんな隆之の苦悩を知らない。
無垢な彼女には想像つかないに違いない。
知られてしまえば彼女の眼差しの奥にある、自分に対する尊敬と感謝の念はたちまち崩れてしまうに違いない。
何より彼女を混乱させてしまうだけ、そう思い隆之は強靭な理性でもって自分の欲望を抑え込んでいた。
隆之は彼女に接するときはその思いを慎重に隠しながら、少しずつ"上司"としてではなく男として見られるようにゆっくり、ゆっくりとことを進めてきたのだ。
一方で由梨はめざましい変化を遂げているように思う。
大広間で今井家の影の支配者だと揶揄される今井芳子に意見する彼女の姿は、凛としていて、まるで雪の中でも鮮やかに咲く寒椿を思わせた。
隆之は由梨が誰かに向かって声を荒げる姿を初めて見た。
おそらく滅多にないのであろう、だがそれが会社のためであったというところが彼女らしい。
僅かに震える声を励ますように高い天井に響かせて、絶対的な権力者である芳子に意見する姿に、隆之は震えるほどの感動を覚え、雷に打たれたように動けなかった。
あの瞬間に隆之は自覚したのだ。
自分が惹かれているものの正体を。
今まで女とは飽きるほど付き合ってきた自分がなぜ東京から来たまだあどけなさを残している少女のような由梨を妻にしたいと強く願ったのか。
その理由がようやくわかった。
自分は間違いなくこの強さに惹かれたのだ。
業界では知らない者はいないほど有名な今井家の影の部分。
その一番真ん中で育ったはずなのに、それに染まらずに美しいままの由梨。
見ず知らずの土地、環境も習慣も異なる土地で、自分の居場所を築き上げてきたしなやかさ。
そして今、結婚を機に蝶が蛹(さなぎ)から出て自由な世界へ羽ばたくかのように大きく成長しようとしている。
隆之には儚げに見える由梨が隠しもつその強さが、奇跡のように愛おしいのだ。
自分ができることはそう多くはないかもしれない、それでも大切に大切にその成長を見てゆこう、改めてそう決意した。
それなのに。
さっきの由梨はなんだ。
花が綻ぶような微笑み、甘い吐息、慣れていないとは思ったが全くの無垢であったとは…!
(危なかった…。)
彼女の初めてをもらうには全くふさわしくない場所にも関わらず、手が出る寸前だった。
ましてやゲストルームなどへ案内されては、もうそこで自分の我慢が爆発して有無を言わさず押し倒してしまうことは目に見えていた。
隆之はさっき由梨と上った階段をゆっくりと下へ降りてゆく。
上がってしまった自分のボルテージも下げなくてはと思いながら。
確かゲストルームは一階の筈だ。
その時。
「あら、加賀さん!」
弾むような声で話しかけられて隆之は振り返る。
背の高い派手な髪色の女性が立っていた。