政略結婚は純愛のように～狼社長は新妻を一途に愛しすぎている～

「由梨は小さな頃に母親を亡くしましたから私の母が母親がわりでして…私達姉妹のように育ちましたのよ。」

　鈍感なのか気づかないふりか、祥子は隆之の内心をよそにゲストルームへの道々、ペラペラと話しはじめる。

「だから姉として大変心配しておりますの…。あの子は加賀さんの奥様としてきちんとその役目を果たせているのかしらって。」

「…由梨は良くしてくれていますよ。」

　隆之は感情のない声で答える。

「あの子って…なんていうか少し地味で。今井の娘らしくないでしょう。実はさっきの食卓でも話題になったんですのよ。…その…縁組を間違えたんじゃないかって。」

　隆之は立ち止まって祥子を見た。

「…縁組を間違えた？」

「えぇ、そうです。」

　何が嬉しいのか祥子は頬を染めて微笑みながら、あるドアの前で立ち止まる。
　そこがゲストルームなのだろう。
　北部支社の話が出る前はそんな馬鹿な話をしていたのかと鼻で笑いたくなった。

「加賀さんは会社にとって大切な方なのに、今井家のなかでも一番地味な由梨を嫁がせてしまったことです。…その、叔父の中には私の方が良かったんじゃないかって言う者もいて…。」

　体をくねらせて言う目の前の女を吐き気がするような思いで隆之は見る。
　由梨とは似ても似つかないその口で由梨の姉などと言ってほしくもない。
　ましてや、自分が由梨よりも隆之の妻にふさわしいなどと言うつもりだろうか。
　隆之は馬鹿らしくて笑い出しそうになるのをなんとか堪えた。

「…何が行き違いがあるようですが。」

　隆之はドアのノブに手を置いた。
　
「私が由梨を望んだのですよ。彼女がうちの会社にいる５年の間に、私が由梨に恋をしてしまったのです。…由梨は…あなた方にとって価値の低い娘でも私にとっては何にも代えがたい宝です。…先ほど食堂で北部支社を侮辱されたことには目をつぶれても、由梨自身を侮辱することは許しません。…二度はないですよ。」

　隆之は一気に言ってドアを開けた。
　ふわりとゲストルームからアロマの香りが漂う。
　祥子は隆之の言ったことが理解できていないのか、はたまた理解の範疇を超えたのか驚いたように見ている。
　女性に対してこんなに憎悪を感じたの初めてだった。

「伯父様にもお伝え下さい。次に妻を侮辱したときは、私にも考えがあると。…案内ありがとうございました。おやすみなさい。」

　そう言って、何か言おうとする祥子を無視してドアを閉めた。
　隆之は薄暗い部屋の中で、じっと空（くう）を睨む。
　このような場所に少しも由梨を置いておきなくはない。
　早く自分の屋敷へ連れて帰りたい。
　そう強く思った。