政略結婚は純愛のように~狼社長は新妻を一途に愛しすぎている~
「由梨、君が加賀隆之に染まってしまったのはわかったよ。…でもそれなら尚更君は奴との結婚では幸せにはなれない。」
和也が再び由梨との距離を詰める。それを由梨は本能的に不快に感じた。
「…加賀ホールディングスが、北部支社の株を秘密裏に買い足している。ここ最近…君と奴が結婚してからだ。」
加賀家は北部エリアに地元に根差した関連企業をいくつも抱えている。
加賀ホールディングスはそれらをまとめる持株会社だ。
確か現在の代表取締役は隆之の父親。
北部支社の筆頭株主は今井コンツェルンだが、現在二番手である加賀ホールディングスが株を買い足してるのが本当だとすると…。
「…そう遠くない未来に加賀隆之は北部の筆頭株主となった加賀ホールディングスを継ぐだろう。そうすれば君などいなくとも北部の社長として居座れるわけだ。…その時、君はお払い箱だ。」
和也が鼻で笑う。
「良くしてくれるだと?そう見せているだけに決まってるじゃないか。あれほど派手な女とばかり付き合っていた男が君で満足できるはずがない。現に結婚を機に株を買い進めているんだ、早く今井から自由になろうと必死じゃないか。…あんな百戦錬磨の男からしたら君なんて赤子の手をひねるようなもんだ。必要な時だけ甘い顔を見せて、利用価値がなくなったら捨てられる!由梨…。」
和也が由梨ににじり寄る。
反射的に由梨は後ずさりをした。
開いたままのスーツケースに足が当たってよろけそうになるのを和也が受け止める。
彼からはなぜか薬品のような匂いがした。
「由梨、僕のものになれ。」
至近距離でささやかれて背中をぞくっと嫌な感覚が走る。
「僕は今井の後継者だ…僕は君を捨てたりはしない。」
同じようなことを隆之にも言われた。
俺の妻になれ、と。
けれどあのときのような心の震えは微塵も感じない。
ただそこはかとない嫌悪感がじわりじわりと滲み出でくる。
由梨にはわかった。
和也は由梨自身をほしいのではない。
祖父という司令塔を失ったあのロボットが欲しいのだ。
和也の中にある二人の幸せな未来の中に、由梨の人格はいらない。
"由梨の言葉で北部を守ってくれたのが嬉しかった。"
隆之の言葉が聞こえた気がした。
隆之に命を吹き込まれた由梨はもうロボットには戻れない。
由梨を捉えようとして身体にまとわりつく和也の腕から逃れようと由梨は身をよじる。
けれど見た目は華奢に見える和也でも男の力には敵わない。
「お兄さん、離して下さい!私は兄さんのものにはなりません。」
せめて声だけでもと自分を励まして由梨は言う。
「私…私、隆之さんのところへ帰ります!」
「ダメだ!!」
和也が由梨を覗き込む。
瞳の奥に青い炎があった。
今まで人形のように従順だった由梨に初めて反抗された驚きと怒りが入り混じった色だ。
「ダメだ!君は奴のところへなんかやらない!君は僕のものだ!…そう、初めから僕のものなんだ。」
ぞくりと由梨の背中を悪寒が走る。
寒くもないのに身体が震えだした。
「…君は悪くないんだよ、由梨。全部あの男が悪いんだから。ただ、君には少し…頭を冷やす時間が必要だ。」
怯えて震える由梨は、和也がポケットから何かを取り出そうとしていることに気がつくのに一歩遅れた。
「兄さん…なに…!?うぐっ…!」
口答えするなと言わんばかりに和也が由梨の口を何かで覆う。
さっきほのかに感じた薬品の匂いが強く匂う。
刺激臭が鼻から脳天を突き抜けて本能的な危険を感じた次の瞬間、由梨の思考が霞んでゆく。
ベッドの上に置いたままの由梨の携帯がマナーモードのままムーンムーンと鳴りだした。
きっと隆之だ。
さっき明日帰るとメールで伝えたことの返事が返ってきたのだと由梨は思う。
出なくては。
けれど携帯に手を伸ばすことすらできないままに、由梨の視界は真っ黒な闇に閉ざされた。
和也が再び由梨との距離を詰める。それを由梨は本能的に不快に感じた。
「…加賀ホールディングスが、北部支社の株を秘密裏に買い足している。ここ最近…君と奴が結婚してからだ。」
加賀家は北部エリアに地元に根差した関連企業をいくつも抱えている。
加賀ホールディングスはそれらをまとめる持株会社だ。
確か現在の代表取締役は隆之の父親。
北部支社の筆頭株主は今井コンツェルンだが、現在二番手である加賀ホールディングスが株を買い足してるのが本当だとすると…。
「…そう遠くない未来に加賀隆之は北部の筆頭株主となった加賀ホールディングスを継ぐだろう。そうすれば君などいなくとも北部の社長として居座れるわけだ。…その時、君はお払い箱だ。」
和也が鼻で笑う。
「良くしてくれるだと?そう見せているだけに決まってるじゃないか。あれほど派手な女とばかり付き合っていた男が君で満足できるはずがない。現に結婚を機に株を買い進めているんだ、早く今井から自由になろうと必死じゃないか。…あんな百戦錬磨の男からしたら君なんて赤子の手をひねるようなもんだ。必要な時だけ甘い顔を見せて、利用価値がなくなったら捨てられる!由梨…。」
和也が由梨ににじり寄る。
反射的に由梨は後ずさりをした。
開いたままのスーツケースに足が当たってよろけそうになるのを和也が受け止める。
彼からはなぜか薬品のような匂いがした。
「由梨、僕のものになれ。」
至近距離でささやかれて背中をぞくっと嫌な感覚が走る。
「僕は今井の後継者だ…僕は君を捨てたりはしない。」
同じようなことを隆之にも言われた。
俺の妻になれ、と。
けれどあのときのような心の震えは微塵も感じない。
ただそこはかとない嫌悪感がじわりじわりと滲み出でくる。
由梨にはわかった。
和也は由梨自身をほしいのではない。
祖父という司令塔を失ったあのロボットが欲しいのだ。
和也の中にある二人の幸せな未来の中に、由梨の人格はいらない。
"由梨の言葉で北部を守ってくれたのが嬉しかった。"
隆之の言葉が聞こえた気がした。
隆之に命を吹き込まれた由梨はもうロボットには戻れない。
由梨を捉えようとして身体にまとわりつく和也の腕から逃れようと由梨は身をよじる。
けれど見た目は華奢に見える和也でも男の力には敵わない。
「お兄さん、離して下さい!私は兄さんのものにはなりません。」
せめて声だけでもと自分を励まして由梨は言う。
「私…私、隆之さんのところへ帰ります!」
「ダメだ!!」
和也が由梨を覗き込む。
瞳の奥に青い炎があった。
今まで人形のように従順だった由梨に初めて反抗された驚きと怒りが入り混じった色だ。
「ダメだ!君は奴のところへなんかやらない!君は僕のものだ!…そう、初めから僕のものなんだ。」
ぞくりと由梨の背中を悪寒が走る。
寒くもないのに身体が震えだした。
「…君は悪くないんだよ、由梨。全部あの男が悪いんだから。ただ、君には少し…頭を冷やす時間が必要だ。」
怯えて震える由梨は、和也がポケットから何かを取り出そうとしていることに気がつくのに一歩遅れた。
「兄さん…なに…!?うぐっ…!」
口答えするなと言わんばかりに和也が由梨の口を何かで覆う。
さっきほのかに感じた薬品の匂いが強く匂う。
刺激臭が鼻から脳天を突き抜けて本能的な危険を感じた次の瞬間、由梨の思考が霞んでゆく。
ベッドの上に置いたままの由梨の携帯がマナーモードのままムーンムーンと鳴りだした。
きっと隆之だ。
さっき明日帰るとメールで伝えたことの返事が返ってきたのだと由梨は思う。
出なくては。
けれど携帯に手を伸ばすことすらできないままに、由梨の視界は真っ黒な闇に閉ざされた。