政略結婚は純愛のように~狼社長は新妻を一途に愛しすぎている~
加賀の提案
会話の弾まない、静かな夕食だった。
由梨は手にした日本酒のグラス越しに、向かいに座る背の高い男をチラチラと見た。
夕方、定時を過ぎる頃に副社長室から出て来た加賀は、自らが運転する車で由梨を自宅へ連れ帰った。
自宅といっても加賀家のお屋敷だ。
東京の今井家に負けずとも劣らない純日本家屋の立派な屋敷だった。
夕食を一緒にと言われて由梨は慌てて固辞をしたが、もう準備してあるといわれて断ることができなかった。
そして先ほどから雪景色の日本庭園を横目に気まずい食卓を二人で囲んでいる。
考えてみれば由梨は加賀と二人きりになること自体初めてかもしれない。
ましてや一緒に食事を取ることも。
博史がいた頃は秘書室での役割分担として由梨は博史を担当していたし、博史が亡くなったあとは、加賀を担当する蜂須賀や長坂のサポートに徹していた。
毎日顔を合わせ、上司としては尊敬もしているが、個人的な会話を交わしたことすらないように思う。
けれどそれがかえって今宵の会談が特別なものであることを物語る。
おそらく今は副社長と秘書ではなく、加賀家の当主と、末席の末席にいるとはいえ今井家の人間としてここにいるのだろう。
由梨は改めて加賀をまじまじと見る。
180センチの長身にスーツの上からでもわかる均整のとれた体つき、整った涼しそうな鼻筋とアーモンド色の瞳は一見すると女性的とも言えるが、男らしい薄い唇が絶妙なバランスを醸し出している。
少し癖のある黒髪は上品に流していて隙がない。
いつも背筋は伸びていて凛とした気品にさえ感じる。
まさに殿というのにふさわしい人だと由梨は思う。
それでいて用意された懐石を次々と平らげていく様子はまるで冬の野を駆ける狼のように男らしい。
「…食べないのか。」
箸を止めて加賀が由梨に問いかけた。
由梨は先ほどから加賀が気になって思うように食が進まなかった。
アーモンド色の瞳が自分を捉えていることに由梨の身体がなぜか熱くなった。
「…いえ。」
由梨は頬を染めて俯いた。
「…口に合わないか。」
加賀が眉を寄せた。
「いえ、そ、そうではありません。」
由梨は首を振った。
むしろ郷土料理をうまく取り入れた加賀家の料理は絶品だと思う。
この土地独特の少し甘い味付けも由梨の口にはぴたりと合った。
由梨はただ男性と二人きりでの食事に慣れないだけだ。
さらに言えば目の前の加賀に見惚れていた。
けれどそれを正直に言うわけにもいかず慌ててグラスを置いて箸を手に持った。
「ここの食事はどれも美味しいです…。」
そう言ってゆっくりと料理を口にする。
そして気を悪くしていたらどうしようと上目遣いに加賀を見た。
由梨の気持ちを知ってか知らずか加賀はとくに気にする様子もなく、
「そうか。」
とだけ言ってわずかに微笑んだ。
(あ、笑った…。)
考えてみれば副社長と言えども人間なのだから笑ってもおかしくはないはずなのに、由梨ははなぜかそこに新鮮な驚きを感じる。
そしてビジネスの場で彼が笑うのを見たことはあるが自分に笑いかけてもらうのは初めてなのだということに気がつく。
意外なほど優しい笑顔に思わず見惚れてしまった。
「…どうした。私の顔に何か付いているか。」
再び加賀に問いかけられて由梨は慌てて目を伏せた。
まじまじと見つめてしまっていたのが恥ずかしい。
「い、いえ。なんでもありません。」
そう言って、あとは食事に集中した。
再び加賀が微笑んだ気配を感じたが、もう目をあげることはできなかった。
由梨は手にした日本酒のグラス越しに、向かいに座る背の高い男をチラチラと見た。
夕方、定時を過ぎる頃に副社長室から出て来た加賀は、自らが運転する車で由梨を自宅へ連れ帰った。
自宅といっても加賀家のお屋敷だ。
東京の今井家に負けずとも劣らない純日本家屋の立派な屋敷だった。
夕食を一緒にと言われて由梨は慌てて固辞をしたが、もう準備してあるといわれて断ることができなかった。
そして先ほどから雪景色の日本庭園を横目に気まずい食卓を二人で囲んでいる。
考えてみれば由梨は加賀と二人きりになること自体初めてかもしれない。
ましてや一緒に食事を取ることも。
博史がいた頃は秘書室での役割分担として由梨は博史を担当していたし、博史が亡くなったあとは、加賀を担当する蜂須賀や長坂のサポートに徹していた。
毎日顔を合わせ、上司としては尊敬もしているが、個人的な会話を交わしたことすらないように思う。
けれどそれがかえって今宵の会談が特別なものであることを物語る。
おそらく今は副社長と秘書ではなく、加賀家の当主と、末席の末席にいるとはいえ今井家の人間としてここにいるのだろう。
由梨は改めて加賀をまじまじと見る。
180センチの長身にスーツの上からでもわかる均整のとれた体つき、整った涼しそうな鼻筋とアーモンド色の瞳は一見すると女性的とも言えるが、男らしい薄い唇が絶妙なバランスを醸し出している。
少し癖のある黒髪は上品に流していて隙がない。
いつも背筋は伸びていて凛とした気品にさえ感じる。
まさに殿というのにふさわしい人だと由梨は思う。
それでいて用意された懐石を次々と平らげていく様子はまるで冬の野を駆ける狼のように男らしい。
「…食べないのか。」
箸を止めて加賀が由梨に問いかけた。
由梨は先ほどから加賀が気になって思うように食が進まなかった。
アーモンド色の瞳が自分を捉えていることに由梨の身体がなぜか熱くなった。
「…いえ。」
由梨は頬を染めて俯いた。
「…口に合わないか。」
加賀が眉を寄せた。
「いえ、そ、そうではありません。」
由梨は首を振った。
むしろ郷土料理をうまく取り入れた加賀家の料理は絶品だと思う。
この土地独特の少し甘い味付けも由梨の口にはぴたりと合った。
由梨はただ男性と二人きりでの食事に慣れないだけだ。
さらに言えば目の前の加賀に見惚れていた。
けれどそれを正直に言うわけにもいかず慌ててグラスを置いて箸を手に持った。
「ここの食事はどれも美味しいです…。」
そう言ってゆっくりと料理を口にする。
そして気を悪くしていたらどうしようと上目遣いに加賀を見た。
由梨の気持ちを知ってか知らずか加賀はとくに気にする様子もなく、
「そうか。」
とだけ言ってわずかに微笑んだ。
(あ、笑った…。)
考えてみれば副社長と言えども人間なのだから笑ってもおかしくはないはずなのに、由梨ははなぜかそこに新鮮な驚きを感じる。
そしてビジネスの場で彼が笑うのを見たことはあるが自分に笑いかけてもらうのは初めてなのだということに気がつく。
意外なほど優しい笑顔に思わず見惚れてしまった。
「…どうした。私の顔に何か付いているか。」
再び加賀に問いかけられて由梨は慌てて目を伏せた。
まじまじと見つめてしまっていたのが恥ずかしい。
「い、いえ。なんでもありません。」
そう言って、あとは食事に集中した。
再び加賀が微笑んだ気配を感じたが、もう目をあげることはできなかった。