政略結婚は純愛のように~狼社長は新妻を一途に愛しすぎている~
頭にモヤがかかったみたいにはっきりとしない。
由梨の意識は何度も浮かんでは沈んだ。
その間、何度か抱き上げられて和也の声を聞いた。
やめて、やめて、私は隆之さんのところへ帰るの。
帰りたいの、と言いたくても声が出ない。
唇さえ動かない。
暗い闇と、明るい闇の間を行ったり来たりしているうちに、ようやく意識がはっきりとしている時間が増えて由梨は、目を開けた。
体は相変わらず動かないけれど目だけでキョロキョロと辺りを見回す。
知らない部屋のベッドに一人で寝かされていた。
部屋は不自然なほど静かで誰もいない。
(ここは…?えっと…わたし。)
もちろんなぜ自分がここにいるのかはわからない。
由梨は回らない頭で必死に記憶を辿る。
(たしか私…荷造りをしていて…。和也兄さんが来て…そうだ、私…和也兄さんに…。)
その時、ドアがガチャリと開いて人が入ってきた。
薄暗い部屋に隣室の明るい光が入って由梨は瞳を細める。
そして、そういえば今何時なんだろうと思う。
由梨の記憶は夜遅くで途切れているがあれからどのくらい経つのだろうか。
ドアが閉まると再び部屋は薄暗くなった。
薄暗くて部屋に入ってきた人物の顔はよく見えない。
けれど由梨には部屋へ入って来た人物が誰かくらいはわかる。
和也は由梨の枕元の椅子に座るとランプをつけて由梨を覗き込んだ。
「…目が覚めた?」
そう言って微笑む彼はおそらく薬を使われただろう由梨よりも青ざめているように見える。
由梨は答えられずに、ただ瞳だけ彼を見ていた。
「…あんな薬を使うのは初めてだからさ。加減が分からなくて、なかなか目を覚さないんで心配したよ。」
そう言って和也は由梨の頬をゆっくりと撫でた。
体の感覚を奪われているはずなのに、由梨の背中にぞくりとした感覚が走った。
「君が、あまりにも聞き分けがないからだよ。今までこんなことは一度もなかったのに…。どうしちゃったんだい?」
そう言って和也は眉を寄せる。
そしてふと思いついたように立ち上がって部屋のカーテンを開けた。
日が暮れようとしている鬱蒼とした森があった。
「…ここ、覚えているかい?」
和也が振り返って由梨に尋ねる。
由梨が声を出せないのを承知で。
いつも、初めから、彼は由梨に意見など求めてはいないのかもしれない。
「子供のころ、よく一族で来た湖の別荘だよ。あの頃は…楽しかったよね。」
別荘自体は覚えていた。
まだ若く血気盛んな頃の祖父が、夏に少しだけ取れる休暇に一族のみんながここへ集まった。
けれど由梨にとっては和也のように楽しかったという思い出ではない。
由梨の父が大人たちの間で異質な存在であることを肌で感じとった子供たちの間でも由梨は父と同じように扱われていたからだ。
「…あの頃に戻ろう、由梨。」
いや…!由梨の心が叫ぶ。
誰にも心が開けずに孤独だった日々。
たしかに和也は遊んでくれたけれど後で必ず芳子にひどい目に遭わされた。
いつも何かに怯えながら過ごしていた。
「…考えてみれば、君が変わりだしたのは北部へ行ってからだ。働く必要なんてないのに、慣れない秘書をしてみたり、仕事を優先させて親族の集まりにこないこともあったじゃないか。…あぁ、あの時に気がついてあげられればよかった…。」
和也は熱に浮かされたように話続ける。
「ここで、君が元に戻るまで一緒にいよう。」
和也が再び由梨のベッドに近寄る。
力の入らない、由梨の手を取ると頬ずりをした。
「いつまでも待つよ。君が僕のお嫁さんになるって、言ってくれるまで。」
そう言って和也は枕元のグラスに注がれた水を口に含んだ。
そしてそのまま動けない由梨にうっとりと口づける。
冷たい水が由梨に流れ込む。
気持ちが悪いはずなのに喉がカラカラで、由梨はこれを喉を鳴らして飲んでしまう。
素直に水を飲み干した由梨の頭を和也は愛おしげに撫でる。
「いい子だね。由梨も戻りたいんだろう?あの頃の素直な君に。…大丈夫、戻れるよ。…それまで側にいるから。」
和也の声がぼんやりとモヤがかかったような由梨の思考に染み込むように入ってくる。
そして由梨の帰りたいという意志を次第に溶かしてゆく。
脳裏に数日前に見た隆之のあの照れたような笑顔が浮かぶ。
もう会えないのだろうか。
瞳から涙がひと筋流れた。
由梨の意識は何度も浮かんでは沈んだ。
その間、何度か抱き上げられて和也の声を聞いた。
やめて、やめて、私は隆之さんのところへ帰るの。
帰りたいの、と言いたくても声が出ない。
唇さえ動かない。
暗い闇と、明るい闇の間を行ったり来たりしているうちに、ようやく意識がはっきりとしている時間が増えて由梨は、目を開けた。
体は相変わらず動かないけれど目だけでキョロキョロと辺りを見回す。
知らない部屋のベッドに一人で寝かされていた。
部屋は不自然なほど静かで誰もいない。
(ここは…?えっと…わたし。)
もちろんなぜ自分がここにいるのかはわからない。
由梨は回らない頭で必死に記憶を辿る。
(たしか私…荷造りをしていて…。和也兄さんが来て…そうだ、私…和也兄さんに…。)
その時、ドアがガチャリと開いて人が入ってきた。
薄暗い部屋に隣室の明るい光が入って由梨は瞳を細める。
そして、そういえば今何時なんだろうと思う。
由梨の記憶は夜遅くで途切れているがあれからどのくらい経つのだろうか。
ドアが閉まると再び部屋は薄暗くなった。
薄暗くて部屋に入ってきた人物の顔はよく見えない。
けれど由梨には部屋へ入って来た人物が誰かくらいはわかる。
和也は由梨の枕元の椅子に座るとランプをつけて由梨を覗き込んだ。
「…目が覚めた?」
そう言って微笑む彼はおそらく薬を使われただろう由梨よりも青ざめているように見える。
由梨は答えられずに、ただ瞳だけ彼を見ていた。
「…あんな薬を使うのは初めてだからさ。加減が分からなくて、なかなか目を覚さないんで心配したよ。」
そう言って和也は由梨の頬をゆっくりと撫でた。
体の感覚を奪われているはずなのに、由梨の背中にぞくりとした感覚が走った。
「君が、あまりにも聞き分けがないからだよ。今までこんなことは一度もなかったのに…。どうしちゃったんだい?」
そう言って和也は眉を寄せる。
そしてふと思いついたように立ち上がって部屋のカーテンを開けた。
日が暮れようとしている鬱蒼とした森があった。
「…ここ、覚えているかい?」
和也が振り返って由梨に尋ねる。
由梨が声を出せないのを承知で。
いつも、初めから、彼は由梨に意見など求めてはいないのかもしれない。
「子供のころ、よく一族で来た湖の別荘だよ。あの頃は…楽しかったよね。」
別荘自体は覚えていた。
まだ若く血気盛んな頃の祖父が、夏に少しだけ取れる休暇に一族のみんながここへ集まった。
けれど由梨にとっては和也のように楽しかったという思い出ではない。
由梨の父が大人たちの間で異質な存在であることを肌で感じとった子供たちの間でも由梨は父と同じように扱われていたからだ。
「…あの頃に戻ろう、由梨。」
いや…!由梨の心が叫ぶ。
誰にも心が開けずに孤独だった日々。
たしかに和也は遊んでくれたけれど後で必ず芳子にひどい目に遭わされた。
いつも何かに怯えながら過ごしていた。
「…考えてみれば、君が変わりだしたのは北部へ行ってからだ。働く必要なんてないのに、慣れない秘書をしてみたり、仕事を優先させて親族の集まりにこないこともあったじゃないか。…あぁ、あの時に気がついてあげられればよかった…。」
和也は熱に浮かされたように話続ける。
「ここで、君が元に戻るまで一緒にいよう。」
和也が再び由梨のベッドに近寄る。
力の入らない、由梨の手を取ると頬ずりをした。
「いつまでも待つよ。君が僕のお嫁さんになるって、言ってくれるまで。」
そう言って和也は枕元のグラスに注がれた水を口に含んだ。
そしてそのまま動けない由梨にうっとりと口づける。
冷たい水が由梨に流れ込む。
気持ちが悪いはずなのに喉がカラカラで、由梨はこれを喉を鳴らして飲んでしまう。
素直に水を飲み干した由梨の頭を和也は愛おしげに撫でる。
「いい子だね。由梨も戻りたいんだろう?あの頃の素直な君に。…大丈夫、戻れるよ。…それまで側にいるから。」
和也の声がぼんやりとモヤがかかったような由梨の思考に染み込むように入ってくる。
そして由梨の帰りたいという意志を次第に溶かしてゆく。
脳裏に数日前に見た隆之のあの照れたような笑顔が浮かぶ。
もう会えないのだろうか。
瞳から涙がひと筋流れた。