政略結婚は純愛のように~狼社長は新妻を一途に愛しすぎている~
 隆之はギリギリでその日の最終の東京行きの便に乗ることができた。
 そしてそのまま今井家に直行し、着いたのは夜遅く。
 途中逐一、幸仁と支社にいる長坂から報告を受けた。
 幸仁からは、屋敷からは由梨のトランクはもちろんのこと、和也が欧州から持ち帰ったはずのトランクもそっくりそのまま消えていること。
 今井家が所有する国内の物件のうち、管理人を置いているものに関しては全て問い合わせたが、どこにも和也は現れていないことが報告された。
 そして長坂からは和也は会社からの連絡にも出ないこと、それから向こう一週間の全てのスケジュールがキャンセルされていることが知らされる。
 生きた心地がしないとはこのことだ。
 もう和也が由梨を連れ去ったのは誰の目にも明らかだった。
 しかもかなり計画的に。
 隆之の脳裏に自分に笑いかけてくれたあの由梨の笑顔が浮かぶ。
 何としても助けてやらねばと強く思う。
 あの笑顔をもう一度見られるのならば何を引き換えにしてもかまわない。

「加賀君…。」

 今井家のリビングで、幸仁はやや憔悴した様子で隆之を出迎えた。
 その隣で芳子は苦虫を噛み潰したような表情だった。
 今井家の他の者はいない。  
 皆、敷地内のそれぞれの屋敷に引き上げているのだろう。
 正式な後継である息子の醜態を親族であれ晒すわけにはいかないというわけか。

「…その後、和也氏から連絡は?」

 隆之は挨拶もそこそこに上着を脱いで幸仁に問いかける。
 
「いや…。」

 幸仁は力なく首を振った。
 
「全く…どうして、こんなことに…。」

 芳子が苦々しげに呟いた。
 それがまるで由梨のせいだと言っているように聞こえて隆之は彼女をジロリと睨む。
 
「嘆いていても始まりません。…彼の行きそうな場所に心当たりはありませんか。いくらなんでも意識のない人間を連れて全く知らない場所へは行かないでしょう。」

 しかし隆之の言葉に夫婦は首を捻っている。
 その時、隆之の携帯が鳴った。
 長坂だった。
 今井家所有の物件の中で常駐の管理人がいない、しかも街から離れていて人目が付きにくい物件のリストだ。
 隆之はこれを二人に見せた。
 それでもまだ首をひねる二人に隆之は苛立ちを募らせていく。
 自分たちの息子が犯罪を犯しているというのにどこか他人事のような雰囲気を感じて、側にあるローテーブルを蹴り飛ばしてやりたくなる。

「…彼がよく行く場所、よく知っている場所です。本当に心当たりはないのですか。…夜が明けても手がかりがつかめないままだったら、警察に届けるしか無くなります。そうしたら貴方達も無傷では済まない。死ぬ気で考えてて下さい!!」

 夫婦は青ざめてあわあわと何か言いあっていたが、ややあって一つの物件を指差した。

「こ、これ。九和田湖の辺りの別荘は何回も行ったことがある筈だ。まだ和也が幼い頃に親父が一族を集めて、夏によく行った。あの子も…由梨も一緒に。」

「由梨も…。」

 隆之は考えこんだ。
 二人で行ったことのある場所なら、可能性は高いかもしれない。
 車なら、3、4時間で着くだろう。
 
「他に心当たりは?」

隆之はさらに畳み掛ける。
 管理人がいないなら直接行くしかない。読み間違えるとダメージは大きい。
 しかし幸仁は青い顔でぶんぶんと首を振った。

「し、知らん。大人になってからのことはよくわからんのだ。」

隆之はため息をついた。
 そしてこれ以上この夫婦を問い詰めても無駄かもしれないと思った時、再び携帯が鳴った。
 今度は着信だった。
 長坂だ。

『社長!和也専務の社用携帯のGPSの解析ができました!』

今井コンツェルンの役員の携帯はGPSで会社が位置を把握することができるようになっている。
 国内一の企業の重役ともなれば様々な危険に晒されることが考えられるからだ。
 けれど同時にそれ自体が高度な機密事項であるためアクセス権限は社内でも厳重に管理されていて容易には見られない。
 先ほど幸仁のトップダウンにより秘密裏に長坂にだけそのアクセスの許可を下させたのだ。

「そうか!ありがとう!それで、奴はどこにいる?!」

『はい、途中で電源が切られてしまっていますが、18時の時点ではF県にありました!』

「F県!」

隆之は叫ぶ。
 長坂に短い礼を言って一旦電話を切ると、もう一度物件リストを開きスクロールした。
 今井家所有の物件でF県にあるのは一つだけだった。

「九和田湖の別荘だ!」
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