政略結婚は純愛のように~狼社長は新妻を一途に愛しすぎている~
救出
「由梨はいつもかくれんぼをしたがったよね。この別荘は森に囲まれていて隠れるところが沢山あったから。僕は小さな君が、僕を見つけた時の笑顔が好きだった。ぱぁってお花が咲くみたいに笑うんだ。」
和也と二人きりの部屋に完全な闇が訪れて灯りが枕元のランプだけになっても、和也は由梨のそばにいて延々と幼い頃の思い出話をしている。
思考に霞がかかったような由梨はその言葉を聴きながら、過去と現在を行ったり来たりしているような感覚に襲われる。
「由梨は今井家の中にずっといて、黙って笑っていればいい。それで幸せになれるんだよ。」
甘ったるい和也の声が頭の中をこだまする。
「早くあの頃の君に戻るんだ。そうしたら僕と二人で幸せになろう。」
少し前の由梨なら、そんな幸せもあるのかもしれないと思っただろう。
自分の意志は持たずに、ただ誰かに従うだけの人生。
その誰かが和也なら今までの由梨となにも変わらないのだから。
少なくとも和也ならば由梨に親切にはしてくれるし、愛を与えてくれるだろう。
けれど由梨は知ってしまった。
そんなふうにして与えられるものが本当の愛ではないことを。
本当に人を愛するということは相手を思いやり、尊重し合うということ。
そしてこの人とであればそんな愛を育んでゆけると思える相手を見つけてしまった。
「…め、ん…なさ…。」
由梨はようやく出せるようになった声を絞り出すようにして言った。
「ご…めん…なさ…い。にい…さ…。」
和也が不快そうに眉を寄せる。
「そうじゃないだろう?由梨。言ってごらん。僕を愛しているって。お嫁さんになるって。」
由梨はゆっくりと首を振った。
「…なれ…ない。わ、たしを…たかゆき…さんの、ところ…かえして…。」
「なんでだよ!!!」
和也が叫んで由梨の頭のすぐ横の枕元を拳でドスンと殴った。
「どうして僕じゃだめなんだ!ずっと優しくしてやったのに!ずっと愛してきたのに!」
そう叫んだ和也が真っ赤な目で由梨を覗き込む。
その瞬間、由梨は、ああ自分は死ぬのかもしれないと思った。
和也の中の狂気が由梨の瞳を捕らえる。
和也の手が由梨の白い首に伸びた。
「んぐっ…。」
「君は僕のものだ誰にも渡さない!渡さない!渡さない!渡さない!」
和也は狂ったように同じ言葉を繰り返しながら、ゆっくりと由梨の首の手に力を入れた。
「僕のものだ。永遠に…。」
酸素を奪われて由梨の目に映る和也の歪んだ表情が次第に霞んでゆく。
由梨の中の弱くて惨めな部分が、どうせこんなものだと呟くのが聞こえた。
所詮私なんてこんな最期がお似合いだ、と。
隆之さんとのことはひとときの夢。
見られただけ、よかったじゃない。
いつだって。
ずっと。
そうやってあきらめてきた。
もう。
やっと。
これで、終われる。
終わりにできる。
…けれど最期に見るものが和也の歪んだ顔だなんてあまりに酷すぎる。
そう思って由梨はゆっくりと目を閉じた…。
真っ暗な闇の中に、隆之の笑顔が浮かんだ。
あの会食の夜に不意に見せた笑み。
狼の群のアルファーのような自信に満ちた笑顔。
そして由梨にだけ見せてくれた少年のような微笑み。
会いたいと強く思う。
ここで全てが終わってしまうなら、せめて彼の腕の中で終わりたい。
あの低くて、甘い声をもう一度聞きたい。
"由梨"と、ただ名前を呼んで欲しい。
それだけでは私は…。
その時。
「由梨!!!」
信じられないけれど、夢だとは思うけれど、隆之に名前を呼ばれたような気がして由梨は目を開ける。
同時に部屋のドアが乱暴に開いて、明るい光に包まれた。
何人かの人が雪崩れ込むように入ってきて、由梨の首の圧迫が解かれた。
新鮮な空気が再び脳に送り込まれてゴホゴホと咳き込む由梨を暖かい温もりが包み込む。
「由梨!大丈夫か?!」
心配そうに由梨を覗き込むのは、紛れもなく由梨の愛しい人だ。
余裕がなくこんなに切羽詰まった彼は初めて見る。
(あぁ、また隆之さんの新しい顔を見た。)
呑気にそんなことを考えて、由梨はまた意識を失った。
和也と二人きりの部屋に完全な闇が訪れて灯りが枕元のランプだけになっても、和也は由梨のそばにいて延々と幼い頃の思い出話をしている。
思考に霞がかかったような由梨はその言葉を聴きながら、過去と現在を行ったり来たりしているような感覚に襲われる。
「由梨は今井家の中にずっといて、黙って笑っていればいい。それで幸せになれるんだよ。」
甘ったるい和也の声が頭の中をこだまする。
「早くあの頃の君に戻るんだ。そうしたら僕と二人で幸せになろう。」
少し前の由梨なら、そんな幸せもあるのかもしれないと思っただろう。
自分の意志は持たずに、ただ誰かに従うだけの人生。
その誰かが和也なら今までの由梨となにも変わらないのだから。
少なくとも和也ならば由梨に親切にはしてくれるし、愛を与えてくれるだろう。
けれど由梨は知ってしまった。
そんなふうにして与えられるものが本当の愛ではないことを。
本当に人を愛するということは相手を思いやり、尊重し合うということ。
そしてこの人とであればそんな愛を育んでゆけると思える相手を見つけてしまった。
「…め、ん…なさ…。」
由梨はようやく出せるようになった声を絞り出すようにして言った。
「ご…めん…なさ…い。にい…さ…。」
和也が不快そうに眉を寄せる。
「そうじゃないだろう?由梨。言ってごらん。僕を愛しているって。お嫁さんになるって。」
由梨はゆっくりと首を振った。
「…なれ…ない。わ、たしを…たかゆき…さんの、ところ…かえして…。」
「なんでだよ!!!」
和也が叫んで由梨の頭のすぐ横の枕元を拳でドスンと殴った。
「どうして僕じゃだめなんだ!ずっと優しくしてやったのに!ずっと愛してきたのに!」
そう叫んだ和也が真っ赤な目で由梨を覗き込む。
その瞬間、由梨は、ああ自分は死ぬのかもしれないと思った。
和也の中の狂気が由梨の瞳を捕らえる。
和也の手が由梨の白い首に伸びた。
「んぐっ…。」
「君は僕のものだ誰にも渡さない!渡さない!渡さない!渡さない!」
和也は狂ったように同じ言葉を繰り返しながら、ゆっくりと由梨の首の手に力を入れた。
「僕のものだ。永遠に…。」
酸素を奪われて由梨の目に映る和也の歪んだ表情が次第に霞んでゆく。
由梨の中の弱くて惨めな部分が、どうせこんなものだと呟くのが聞こえた。
所詮私なんてこんな最期がお似合いだ、と。
隆之さんとのことはひとときの夢。
見られただけ、よかったじゃない。
いつだって。
ずっと。
そうやってあきらめてきた。
もう。
やっと。
これで、終われる。
終わりにできる。
…けれど最期に見るものが和也の歪んだ顔だなんてあまりに酷すぎる。
そう思って由梨はゆっくりと目を閉じた…。
真っ暗な闇の中に、隆之の笑顔が浮かんだ。
あの会食の夜に不意に見せた笑み。
狼の群のアルファーのような自信に満ちた笑顔。
そして由梨にだけ見せてくれた少年のような微笑み。
会いたいと強く思う。
ここで全てが終わってしまうなら、せめて彼の腕の中で終わりたい。
あの低くて、甘い声をもう一度聞きたい。
"由梨"と、ただ名前を呼んで欲しい。
それだけでは私は…。
その時。
「由梨!!!」
信じられないけれど、夢だとは思うけれど、隆之に名前を呼ばれたような気がして由梨は目を開ける。
同時に部屋のドアが乱暴に開いて、明るい光に包まれた。
何人かの人が雪崩れ込むように入ってきて、由梨の首の圧迫が解かれた。
新鮮な空気が再び脳に送り込まれてゴホゴホと咳き込む由梨を暖かい温もりが包み込む。
「由梨!大丈夫か?!」
心配そうに由梨を覗き込むのは、紛れもなく由梨の愛しい人だ。
余裕がなくこんなに切羽詰まった彼は初めて見る。
(あぁ、また隆之さんの新しい顔を見た。)
呑気にそんなことを考えて、由梨はまた意識を失った。