政略結婚は純愛のように~狼社長は新妻を一途に愛しすぎている~
今井家と由梨の話が終わると弁護士は見送りはいらないと言って帰ってゆく。
そしてそのまま部屋に隆之と二人で残される。
おそらく弁護士との間で初めから打ち合わせされていたのだろう。
隆之からも由梨へ話があるのだ。
しばらくは昼下がりの暖かい日差しが差し込む部屋で、二人を居心地の悪い沈黙が包む。
話の内容が楽しいものではないだろうことくらいは由梨にもわかった。
「由梨…。これで君は今井家から解放された。北部支社で働き続けることも好きな場所に住むことも何もかも君が決められる。自由に。」
隆之がゆっくりと確認するように言う。
由梨はそれを不思議な気持ちで見つめていた。
いつも自信に満ち溢れ、どこでも堂々としているはずの隆之が今日はなんだか少し様子が違うような気がした。
少しやつれて、気落ちして、信じられないことだけれど何かに怯えているようにすら見える。
「…だから、由梨。君は…。」
隆之はそこから先を言うことに躊躇して由梨から視線を外す。
そんな様子もやっぱり彼らしくないと由梨は思う。
いつも、どんな時も隆之は、言うべきことと言わざるべきことをはっきりとさせてから口を開く。
それなのに今は、何をどこから言っていいかわからないかのような迷いを隠しきれていない。
そうして少しの間ためらっていた隆之だけれど、しばらくすると形の良い唇を歪めて無理矢理に続きを話し始めた。
「つまり君が…俺と結婚する意味もなくなったわけだ。」
隆之はそう言って苦いものを食べた時のような顔をした。
「え…。」
由梨は呟く。
「…そういう結婚だっただろう。俺は社長に就任するにあたっての風当たりを弱くする為に、君は東京へ呼び戻されることを回避する為に…お互いにメリットがある結婚だった。」
隆之の口から冷静で残酷な現実が言い渡されるのを由梨は呆然として聞いている。
言葉の一つ一つが鋭利な刃物となって由梨の心を切りつけてゆく。
そのくらい胸が痛かった。
「…実際、君はよくやってくれた。いつもはうるさい加賀の親戚たちが皆君のことは気に入ったようだし、社長になったことについて今井の方から横槍を入れてくる者もいない。」
それは自分の功績ではないと由梨は思う。
隆之は社長になるべくしてなったのだ。
今井家の者でも異論を挟む余地がないほどに。
けれど言葉にはできずに黙って隆之を見つめることしかできない。
「…よくやってくれたけれど、一方で君は俺との結婚がなくてもここにいられる。好きなことをできるんだ。」
隆之のアーモンド色の瞳が切なげに揺れて由梨を捉える。
「…君は自由だ。」
由梨は少し動転していて、隆之が言うことの意味を正確には理解できずにいた。
「…それは、隆之さんが私と別れたいと言うことですか。」
しばらくは言葉が出なかったけれど、ようやくかすれた声でそう尋ねることができた。
「違う。」
隆之がやや乱暴にかぶりを振る。
髪が乱れてくせ毛がはねた。
「由梨、間違えるな。君にとってのメリットがなくなったということだ。…君は、いつでも俺から自由になれる。」
「隆之さんから…?」
「そうだ。俺にはもう君を縛ることはできない。…もともと、俺は君が断れないことがわかっていてこの結婚を持ちかけた。君のささやかな希望につけ込んで…。」
隆之は眉間にシワを寄せて瞳を閉じた。
「…でも、隆之さんは…。隆之さんだって叔父様から言われて…私と結婚するしかなかったんだわ。そうでしょう?…つけ込んだなんてそんな言い方…。」
「違う!」
隆之が声を荒げる。
びくりと由梨の肩が揺れた。
「違う!俺は会長から言われて仕方なく君と結婚したんじゃない!俺は、俺は…。」
由梨には隆之の言いたいことがさっぱりわからなかった。
けれど今から彼が言おうとしていることがここ数日の間彼をよそよそしくさせていた原因なのだ。
それだけはわかった。
隆之は少しの沈黙のあとじっと由梨を見つめて苦しげに口を開く。
「由梨、俺はずっと君が好きだった。…おそらく、初めて会った日から。」
そしてそのまま部屋に隆之と二人で残される。
おそらく弁護士との間で初めから打ち合わせされていたのだろう。
隆之からも由梨へ話があるのだ。
しばらくは昼下がりの暖かい日差しが差し込む部屋で、二人を居心地の悪い沈黙が包む。
話の内容が楽しいものではないだろうことくらいは由梨にもわかった。
「由梨…。これで君は今井家から解放された。北部支社で働き続けることも好きな場所に住むことも何もかも君が決められる。自由に。」
隆之がゆっくりと確認するように言う。
由梨はそれを不思議な気持ちで見つめていた。
いつも自信に満ち溢れ、どこでも堂々としているはずの隆之が今日はなんだか少し様子が違うような気がした。
少しやつれて、気落ちして、信じられないことだけれど何かに怯えているようにすら見える。
「…だから、由梨。君は…。」
隆之はそこから先を言うことに躊躇して由梨から視線を外す。
そんな様子もやっぱり彼らしくないと由梨は思う。
いつも、どんな時も隆之は、言うべきことと言わざるべきことをはっきりとさせてから口を開く。
それなのに今は、何をどこから言っていいかわからないかのような迷いを隠しきれていない。
そうして少しの間ためらっていた隆之だけれど、しばらくすると形の良い唇を歪めて無理矢理に続きを話し始めた。
「つまり君が…俺と結婚する意味もなくなったわけだ。」
隆之はそう言って苦いものを食べた時のような顔をした。
「え…。」
由梨は呟く。
「…そういう結婚だっただろう。俺は社長に就任するにあたっての風当たりを弱くする為に、君は東京へ呼び戻されることを回避する為に…お互いにメリットがある結婚だった。」
隆之の口から冷静で残酷な現実が言い渡されるのを由梨は呆然として聞いている。
言葉の一つ一つが鋭利な刃物となって由梨の心を切りつけてゆく。
そのくらい胸が痛かった。
「…実際、君はよくやってくれた。いつもはうるさい加賀の親戚たちが皆君のことは気に入ったようだし、社長になったことについて今井の方から横槍を入れてくる者もいない。」
それは自分の功績ではないと由梨は思う。
隆之は社長になるべくしてなったのだ。
今井家の者でも異論を挟む余地がないほどに。
けれど言葉にはできずに黙って隆之を見つめることしかできない。
「…よくやってくれたけれど、一方で君は俺との結婚がなくてもここにいられる。好きなことをできるんだ。」
隆之のアーモンド色の瞳が切なげに揺れて由梨を捉える。
「…君は自由だ。」
由梨は少し動転していて、隆之が言うことの意味を正確には理解できずにいた。
「…それは、隆之さんが私と別れたいと言うことですか。」
しばらくは言葉が出なかったけれど、ようやくかすれた声でそう尋ねることができた。
「違う。」
隆之がやや乱暴にかぶりを振る。
髪が乱れてくせ毛がはねた。
「由梨、間違えるな。君にとってのメリットがなくなったということだ。…君は、いつでも俺から自由になれる。」
「隆之さんから…?」
「そうだ。俺にはもう君を縛ることはできない。…もともと、俺は君が断れないことがわかっていてこの結婚を持ちかけた。君のささやかな希望につけ込んで…。」
隆之は眉間にシワを寄せて瞳を閉じた。
「…でも、隆之さんは…。隆之さんだって叔父様から言われて…私と結婚するしかなかったんだわ。そうでしょう?…つけ込んだなんてそんな言い方…。」
「違う!」
隆之が声を荒げる。
びくりと由梨の肩が揺れた。
「違う!俺は会長から言われて仕方なく君と結婚したんじゃない!俺は、俺は…。」
由梨には隆之の言いたいことがさっぱりわからなかった。
けれど今から彼が言おうとしていることがここ数日の間彼をよそよそしくさせていた原因なのだ。
それだけはわかった。
隆之は少しの沈黙のあとじっと由梨を見つめて苦しげに口を開く。
「由梨、俺はずっと君が好きだった。…おそらく、初めて会った日から。」