政略結婚は純愛のように~狼社長は新妻を一途に愛しすぎている~
由梨の苦悩
ウィーンウィーンと電子音を出しながら紙を吐き出し続けるコピー機に手をついて、由梨は窓の外を眺めている。
オフィス街は初夏の陽ざしに包まれて道ゆく人々の装いは短い夏の訪れを歓迎するかのように心なしかカラフルだ。
自分はそんな彼らとは真逆のところにいると感じて由梨はこっそりとため息をついた。
「…まったく。どうしちゃったのかしらね、殿は。」
ぼんやりと外を眺める由梨の耳に長坂の呟きが届いた。
ここのところ隆之のケアレスミスが立て続けに数件起きていて、そのことについてのぼやきだった。
ミス自体は長坂でなくては気がつかないような些細なことで、もちろん業務に支障が出るようなものではない。
けれど今までが完璧だった彼にしてみれば非常に珍しいことで、しかもそれが続くとなれば秘書としては異常事態だと言わざるを得ないのだろう。
業務に支障がなければそれでいいというわけではなく長坂は友人として彼を心配しているのだ。
チラリと由梨を見る長坂の視線を由梨は気づかないフリをして自分の席へ戻る。
長坂が小さくため息をついた。
隆之が屋敷を訪れた二日後、由梨は仕事に復帰した。
予定よりも長く休んでしまったことに恐縮する由梨を秘書室の面々は暖かく迎えてくれた。
とくに事情を少しかじった長坂は心配そうに眼鏡の奥で眉をひそめて、まだ休んでていいのにと小言を言った。
由梨は相変わらず今井の屋敷にいて、そこから会社に通った。
由梨が答えを出すまでは、今の状態でいようと隆之が言ったからだ。
そうして、二週間。
昼間だけ顔を合わせて夜は別々の場所へ帰ってゆくという奇妙な夫婦関係が続いている。
由梨は未だに答えを出せずにいた。
いや、答えなんてとっくに出ているじゃないかと思う朝を迎えたと思ったら、次の日には、さっぱりなにもわからなくなる。
そんなことの繰り返しだった。
"あんな百戦錬磨の男からしたら君なんて赤子の手をひねるようなもんだ"
という和也の言葉と、
"俺は、今井和也と同じだ"
という隆之の嘆きが代わる代わるに浮かんでは消える。
所詮自分は隆之にうまく丸め込まれていただけなのだろうか。
あの別荘で確信したこと。
彼がくれた愛は和也のものとは違うと思ったのはただの錯覚だったのだろうか。
自由を与えてくれているようなフリをしてその実、選択権は由梨になかった?
隆之との結婚を選び、彼を愛したことさえも仕組まれたことだったということなのだろうか。
由梨の頭は今、本当の自由の中にいて混乱を極めていた。
そして同時に、ずっとずっと憧れ続けた自由とはこんなにも苦しいものだったのかと愕然とする思いだった。
何を基準にどう選択すれば良いかなど誰も由梨にはおしえてはくれない。
泳ぎの知らない小さな子供が大海原に投げ出されたようなものだ。
もがいてももがいても海面は見えずに息ができなくて苦しくて沈んでしまいそうだった。
こんなことならば本当のことなど知りたくはなかった、ずっと騙し続けてくれればよかったのにという思いさえ抱いた。
会社では由梨に背を向けて社長室へ消えてゆく大きなスーツの背中が恨めしい。
アルファーは群の者を圧倒的な力でもって魅了する。
その魅力に取り憑かれた者はもう他の群れへゆくことはできないほどに。
それなのに。
最後まで縛ってはくれないなんて…。
オフィス街は初夏の陽ざしに包まれて道ゆく人々の装いは短い夏の訪れを歓迎するかのように心なしかカラフルだ。
自分はそんな彼らとは真逆のところにいると感じて由梨はこっそりとため息をついた。
「…まったく。どうしちゃったのかしらね、殿は。」
ぼんやりと外を眺める由梨の耳に長坂の呟きが届いた。
ここのところ隆之のケアレスミスが立て続けに数件起きていて、そのことについてのぼやきだった。
ミス自体は長坂でなくては気がつかないような些細なことで、もちろん業務に支障が出るようなものではない。
けれど今までが完璧だった彼にしてみれば非常に珍しいことで、しかもそれが続くとなれば秘書としては異常事態だと言わざるを得ないのだろう。
業務に支障がなければそれでいいというわけではなく長坂は友人として彼を心配しているのだ。
チラリと由梨を見る長坂の視線を由梨は気づかないフリをして自分の席へ戻る。
長坂が小さくため息をついた。
隆之が屋敷を訪れた二日後、由梨は仕事に復帰した。
予定よりも長く休んでしまったことに恐縮する由梨を秘書室の面々は暖かく迎えてくれた。
とくに事情を少しかじった長坂は心配そうに眼鏡の奥で眉をひそめて、まだ休んでていいのにと小言を言った。
由梨は相変わらず今井の屋敷にいて、そこから会社に通った。
由梨が答えを出すまでは、今の状態でいようと隆之が言ったからだ。
そうして、二週間。
昼間だけ顔を合わせて夜は別々の場所へ帰ってゆくという奇妙な夫婦関係が続いている。
由梨は未だに答えを出せずにいた。
いや、答えなんてとっくに出ているじゃないかと思う朝を迎えたと思ったら、次の日には、さっぱりなにもわからなくなる。
そんなことの繰り返しだった。
"あんな百戦錬磨の男からしたら君なんて赤子の手をひねるようなもんだ"
という和也の言葉と、
"俺は、今井和也と同じだ"
という隆之の嘆きが代わる代わるに浮かんでは消える。
所詮自分は隆之にうまく丸め込まれていただけなのだろうか。
あの別荘で確信したこと。
彼がくれた愛は和也のものとは違うと思ったのはただの錯覚だったのだろうか。
自由を与えてくれているようなフリをしてその実、選択権は由梨になかった?
隆之との結婚を選び、彼を愛したことさえも仕組まれたことだったということなのだろうか。
由梨の頭は今、本当の自由の中にいて混乱を極めていた。
そして同時に、ずっとずっと憧れ続けた自由とはこんなにも苦しいものだったのかと愕然とする思いだった。
何を基準にどう選択すれば良いかなど誰も由梨にはおしえてはくれない。
泳ぎの知らない小さな子供が大海原に投げ出されたようなものだ。
もがいてももがいても海面は見えずに息ができなくて苦しくて沈んでしまいそうだった。
こんなことならば本当のことなど知りたくはなかった、ずっと騙し続けてくれればよかったのにという思いさえ抱いた。
会社では由梨に背を向けて社長室へ消えてゆく大きなスーツの背中が恨めしい。
アルファーは群の者を圧倒的な力でもって魅了する。
その魅力に取り憑かれた者はもう他の群れへゆくことはできないほどに。
それなのに。
最後まで縛ってはくれないなんて…。