政略結婚は純愛のように~狼社長は新妻を一途に愛しすぎている~
おまけの寝室
「んっ…!た。隆之さん…。あ、あの…お、お風呂に入らせて下さい…。」
久しぶりの加賀家の夫婦の寝室で、由梨は隆之の膝に抱かれている。
社長室で由梨が一世一代ともいえる愛の告白をしてから、隆之はすぐに由梨を連れて会社を出た。
途中荷物を取りにと由梨が今井の家に寄ることも許さなかった。
曰く、もう少しも待てないと。
その身も蓋もない言い方に顔を真っ赤にして抗議する由梨を無視した隆之が愛車を走らせて加賀家の玄関に着いたのがつい先ほど。
二人を出迎えた秋元は、由梨の姿を見て涙ぐんだ。
その涙に由梨は答えを出すためのここ数週間、本当に自分のことしか考えていなかったことを思い知らされる。
こんなにも心配してくれる人がいるというのに。
感謝の気持ちと申し訳ない気持ちが由梨の胸をいっぱいにしてゆく。
それなのに隆之はそんな二人を見ても態度を変えなかった。
「…悪いけど感動の再会は明日にしてくれ。今日はもうこのまま由梨と休むから。朝は、出てくるまで起こさないで。」
言わなくてもいいようなことまで言って由梨を寝室の方へ引っ張ってゆく。
「あ、えっ?ちょっ…!た、隆之さん!?」
由梨は心底安心したように微笑んで頷く秋元に、微妙な気持ちのまま、寝室まで引きずられるようにして連れて行かれた。
そして今の状態である。
どうやら隆之は由梨を膝へ乗せるのがお気に入りらしい。
部屋に入るなり自分はベッドの上に座り由梨を膝に乗せてさっきから由梨の体のあちらこちらにキスの雨を降らせている。
頬に、瞳に、そして耳を喰んで、唇はひときわ長く丁寧に。
由梨はそのくすぐったいような甘い刺激に時折抑えきれない声を漏らしながら耐えていた。
しかしどうにも隆之からの壮絶な怪しい熱が伝染し、陥落寸前である。
社長室で家に帰ろうと隆之に言われた時からこうなることは予想していた。
隆之もその欲求を隠すことすらしていないのだから。
けれどいくら予想していたこととはいえ性急にも思える隆之に、少し面食らっているのも事実だ。
経験のない由梨だけれどそういう行為はできれば綺麗な体で臨みたいと思う。
そうでなくても今日は暖かい日で汗もかいた。
「…風呂?」
隆之が由梨の首元に唇を這わせたまま聞き返す。
体に力が入らない由梨はそれでも懸命に首を縦に振った。
それなのに隆之は非情とも思えるくらいにきっぱりとそれを却下する。
「だめだ。俺はもう待てないと言っただろう。」
「んっ…。でも…今日は、汗をかいたし…よ、汚れてるから…。」
由梨は懸命に訴えるがその間も隆之の攻撃は止まない。
始めは軽く触れる程度だった唇が今はまるで吸い付くように由梨の肌を楽しんでいる。
「…由梨に汚いところなんてない。どこもかしこもいい香りがする。」
そう言って胸元に鼻を近づける隆之の黒いくせ毛が由梨の鼻先をくすぐる。
見た目より柔らかいその髪からは、えもいわれぬいい香りがして由梨を蕩してゆく。
少し高い体温が傍若無人に自分に触れてくる様はまるで、本当に狼に食べられているようだと由梨は思った。
あぁ、このまま食べられてしまおうか…そんな気分になりかけた時、あろうことか隆之が由梨の白い胸元に唇を這わせて、おいしそうにペロリと舐めた。
「ひゃっ…!」
ついに由梨は耐えられなくなって、黒いくせ毛を両手でくしゃくしゃとさせながら隆之を押し返した。
「た、隆之さんっ!本当に…お願いします…うぅ…。」
ほとんど泣き出さんばかりの由梨の訴えにようやく隆之の手と唇が止まった。
そしてアーモンド色の瞳でじっと見つめたかと思うと、ふぅ、と深いため息をついた。
その様子に由梨は再び涙が溢れそうになってしまう。
やはり初めての自分と彼では歩調が合わないのではないかと。
けれど次の瞬間にはそんな由梨の不安を吹き飛ばすような笑顔で隆之が笑った。
「ははは!俺、こんなに余裕がなくなったのは初めてだ。」
その手放しの笑顔に由梨は思わず見惚れる。
「え…?」
「由梨、俺は自分で思うほど大人でも余裕があるわけでもないらしい。由梨の初めてをもらうときはもっと優しくすると決めていたのに。現にほら…。」
そう言って隆之は由梨の右手を取り自分の胸に当てた。
その逞しい胸は熱くどくどくと脈打っている。
「すごく、興奮している。…初めての由梨を怖がらせてしまうくらいに。」
由梨は戸惑いながらも肌触りのいい彼のシャツに手を這わせる。
伝わる熱が愛しくてたまらない。
「た、隆之さんでも、そんなふうになるんですね…。」
由梨は頬を火照らせる。
自分にとっては未知の体験でも、彼にとっては手慣れたことだと思っていたけれど、同じように胸を高鳴らせてくれているのならとても嬉しい。
「もちろんだ。…今から好きな子を初めて抱くんだからね。」
また隆之が直接的な言葉を口にする。
これはもう彼の癖なのかもしれないと由梨は思う。
いやそもそも紳士的だと思っていた彼は表の姿で、本来の彼はこのように率直で飾り気のない人物なのだろう。
だからと言って慣れるわけもない由梨は再びもうっと言って両手で顔を覆った。
「本当に…初めてだ。こんなに人を愛おしく思うのは。」
隆之の大きな手が由梨の髪を解かす。
さらさらと落ちる髪の感触を楽しむように何度も何度も。
「初めてだなんて…そんな。」
由梨はその彼の手を心地良く感じながら隆之を見る。
数多の美女と付き合ってきたはずの彼が、そんなわけはないとわかっていながらもその言葉に胸をときめかせてしまう自分はやはり、隆之にとって赤子のようなものかもしれない。
「隆之さんは、沢山の方とお付き合いしてきたのでしょう?」
初めてだなんてそんなはずないわと、言いかけて由梨はハッとして口を噤む。
隆之が微妙な顔で由梨から目を逸らしたからだ。
「あ、…ごめんなさい。そう意味では…。」
「いや…。前にも言ったが、そもそもは俺のせいだから。」
バツが悪そうに頬をぽりぽりとかく隆之に由梨は思わず吹き出してしまう。
とてもじゃないけれど、国内トップクラスの企業を率いる男の姿とは思えない。
くすくすと笑いが止まらない由梨を隆之は眩しそうに見つめる。
「でも本当のことだ。…今までの彼女たちも皆それぞれに良いところはあったけれど、こんな風に思ったことはなかった。こんな風に…余裕をなくしてしまうくらい欲しいと思うのは由梨が初めてだ。」
意外すぎる隆之の言葉に由梨は笑うのをやめてその誠実な色を湛えた瞳をじっと見つめる。
とても信じられない話だと思ったけれど、同時にこんなに真摯な瞳の彼が嘘をついているはずもないとも思った。
「考えてみれば、俺は自分から女性を好きになったこと自体が初めてなのかもしれない。」
隆之は由梨の頬に鼻を近づけて、その柔らかな感覚を楽しむようにすりすりとくすぐりながら、囁く。
「俺にとって由梨は奇跡みたいなものなんだよ。」
それは自分こそが隆之に抱いている感情だと由梨は思う。
何度も何度も彼は由梨に奇跡をもたらしてくれた。
「…隆之さん!」
なんだが胸がいっぱいになって由梨は彼に抱きついた。
「私も…私も同じです!隆之さんと結婚できて嘘みたいに幸せなんです。」
突然感情を爆発させた由梨に一瞬戸惑ったように反応が遅れた隆之はそれでもすぐに由梨を大きな腕で柔らかく包む。
由梨は隆之を見上げた。
アーモンドの色が優しく由梨を見下ろしている。
経験値の違いは仕方がないと頭では納得していても感情は別物だ。
これからも折に触れて複雑な感情になるのかもしれない。
そうだとしてもなるべく気づかれないようにしなくてはと思っていたけれど、今の隆之の言葉で全てが吹き飛んだ。
そんなことを思い微笑む由梨の背中を隆之は大きな手でぽんぽんと優しく触れる。
そして突然由梨を抱えたまま立ち上がった。
「きゃっ…!」
急に高くなった視線に、由梨は慌てて隆之にしがみつく。
そんな由梨の体をがっしりと逞しい腕が危なげなく支えている。
「な、なんですか?!」
由梨が隆之を見ると彼はにっこりと微笑んで信じられないことを口にした。
「風呂に行こう。」
「は?…え!?!ちょっ、ちょっと待って下さい!」
すぐにでも部屋を出ようとする勢いの隆之を由梨は慌てふためいて止める。
「ま、待って下さい。ひ、一人で行けます。」
バスルームは寝室のすぐ隣だ。
抱っこで連れて行ってもらう理由はない。
結婚式の夜のように酔っ払っているわけではらないのだから。
けれどそんな由梨を平然と見下ろして、またもや隆之が信じられないことを言った。
「でもどうせ二人で入るならこのまま一緒に行った方がいいだろう。」
「え!?い、一緒に!?」
驚きすぎて普段の由梨からは考えられないほどの大きい声が出た。
そのことに自分でもびっくりして慌てて由梨は口を押さえる。
けれどそうさせた張本人である隆之は涼しい顔で頷く。
「そうだ。風呂に入りたいんだろう?由梨が言ったんじゃないか。」
一体どこをどう解釈したらそんなふうになるのだと由梨は理解に苦しむ。
このシチュエーションで由梨がそれをOKするはずもないことくらい有能な彼ならわかりそうなものなのに…。
「わ、私は一人で入りたいんです!」
恥ずかしいのと混乱しているのとで、またもや大きな声が出てしまった。
けれどもう構ってはいられない。
黙っていたらこのままバスルームへ連行されてしまう。
それだけは避けなくては。
「…なんだ、そうなのか。」
隆之はやや残念そうに呟きようやく由梨を下ろした。
「そうに決まっています!」
今までの女性たちとどのような付き合い方をしたらこんな発想になるのだろうと由梨はさっき隆之の過去は気にすまいと思ったことも忘れて頬を膨らませる。
その頬を隆之はつついた。
そして笑う。
「やっぱり…こうやって怒る由梨も可愛いな。わかったよ、ゆっくり準備しておいで。俺も由梨の後に入ろう。」
多少の複雑な気持ちはあるものの、兎にも角にも、思い通りになってよかったと由梨は胸を撫で下ろす。
そしてバスルームへ向かおうと部屋を出ようとした由梨に隆之が念を押すように言った。
「ただし、俺が入っている間に先に、寝たりしたらダメだぞ。」
由梨の頭に結婚式の日に眠りこけてしまったことが浮かぶ。
「…はい。」
バスルームへ向かう廊下で、彼は意外と根に持つタイプなのかもしれないと思い、由梨はまたくすくすと笑ってしまうのだった。
久しぶりの加賀家の夫婦の寝室で、由梨は隆之の膝に抱かれている。
社長室で由梨が一世一代ともいえる愛の告白をしてから、隆之はすぐに由梨を連れて会社を出た。
途中荷物を取りにと由梨が今井の家に寄ることも許さなかった。
曰く、もう少しも待てないと。
その身も蓋もない言い方に顔を真っ赤にして抗議する由梨を無視した隆之が愛車を走らせて加賀家の玄関に着いたのがつい先ほど。
二人を出迎えた秋元は、由梨の姿を見て涙ぐんだ。
その涙に由梨は答えを出すためのここ数週間、本当に自分のことしか考えていなかったことを思い知らされる。
こんなにも心配してくれる人がいるというのに。
感謝の気持ちと申し訳ない気持ちが由梨の胸をいっぱいにしてゆく。
それなのに隆之はそんな二人を見ても態度を変えなかった。
「…悪いけど感動の再会は明日にしてくれ。今日はもうこのまま由梨と休むから。朝は、出てくるまで起こさないで。」
言わなくてもいいようなことまで言って由梨を寝室の方へ引っ張ってゆく。
「あ、えっ?ちょっ…!た、隆之さん!?」
由梨は心底安心したように微笑んで頷く秋元に、微妙な気持ちのまま、寝室まで引きずられるようにして連れて行かれた。
そして今の状態である。
どうやら隆之は由梨を膝へ乗せるのがお気に入りらしい。
部屋に入るなり自分はベッドの上に座り由梨を膝に乗せてさっきから由梨の体のあちらこちらにキスの雨を降らせている。
頬に、瞳に、そして耳を喰んで、唇はひときわ長く丁寧に。
由梨はそのくすぐったいような甘い刺激に時折抑えきれない声を漏らしながら耐えていた。
しかしどうにも隆之からの壮絶な怪しい熱が伝染し、陥落寸前である。
社長室で家に帰ろうと隆之に言われた時からこうなることは予想していた。
隆之もその欲求を隠すことすらしていないのだから。
けれどいくら予想していたこととはいえ性急にも思える隆之に、少し面食らっているのも事実だ。
経験のない由梨だけれどそういう行為はできれば綺麗な体で臨みたいと思う。
そうでなくても今日は暖かい日で汗もかいた。
「…風呂?」
隆之が由梨の首元に唇を這わせたまま聞き返す。
体に力が入らない由梨はそれでも懸命に首を縦に振った。
それなのに隆之は非情とも思えるくらいにきっぱりとそれを却下する。
「だめだ。俺はもう待てないと言っただろう。」
「んっ…。でも…今日は、汗をかいたし…よ、汚れてるから…。」
由梨は懸命に訴えるがその間も隆之の攻撃は止まない。
始めは軽く触れる程度だった唇が今はまるで吸い付くように由梨の肌を楽しんでいる。
「…由梨に汚いところなんてない。どこもかしこもいい香りがする。」
そう言って胸元に鼻を近づける隆之の黒いくせ毛が由梨の鼻先をくすぐる。
見た目より柔らかいその髪からは、えもいわれぬいい香りがして由梨を蕩してゆく。
少し高い体温が傍若無人に自分に触れてくる様はまるで、本当に狼に食べられているようだと由梨は思った。
あぁ、このまま食べられてしまおうか…そんな気分になりかけた時、あろうことか隆之が由梨の白い胸元に唇を這わせて、おいしそうにペロリと舐めた。
「ひゃっ…!」
ついに由梨は耐えられなくなって、黒いくせ毛を両手でくしゃくしゃとさせながら隆之を押し返した。
「た、隆之さんっ!本当に…お願いします…うぅ…。」
ほとんど泣き出さんばかりの由梨の訴えにようやく隆之の手と唇が止まった。
そしてアーモンド色の瞳でじっと見つめたかと思うと、ふぅ、と深いため息をついた。
その様子に由梨は再び涙が溢れそうになってしまう。
やはり初めての自分と彼では歩調が合わないのではないかと。
けれど次の瞬間にはそんな由梨の不安を吹き飛ばすような笑顔で隆之が笑った。
「ははは!俺、こんなに余裕がなくなったのは初めてだ。」
その手放しの笑顔に由梨は思わず見惚れる。
「え…?」
「由梨、俺は自分で思うほど大人でも余裕があるわけでもないらしい。由梨の初めてをもらうときはもっと優しくすると決めていたのに。現にほら…。」
そう言って隆之は由梨の右手を取り自分の胸に当てた。
その逞しい胸は熱くどくどくと脈打っている。
「すごく、興奮している。…初めての由梨を怖がらせてしまうくらいに。」
由梨は戸惑いながらも肌触りのいい彼のシャツに手を這わせる。
伝わる熱が愛しくてたまらない。
「た、隆之さんでも、そんなふうになるんですね…。」
由梨は頬を火照らせる。
自分にとっては未知の体験でも、彼にとっては手慣れたことだと思っていたけれど、同じように胸を高鳴らせてくれているのならとても嬉しい。
「もちろんだ。…今から好きな子を初めて抱くんだからね。」
また隆之が直接的な言葉を口にする。
これはもう彼の癖なのかもしれないと由梨は思う。
いやそもそも紳士的だと思っていた彼は表の姿で、本来の彼はこのように率直で飾り気のない人物なのだろう。
だからと言って慣れるわけもない由梨は再びもうっと言って両手で顔を覆った。
「本当に…初めてだ。こんなに人を愛おしく思うのは。」
隆之の大きな手が由梨の髪を解かす。
さらさらと落ちる髪の感触を楽しむように何度も何度も。
「初めてだなんて…そんな。」
由梨はその彼の手を心地良く感じながら隆之を見る。
数多の美女と付き合ってきたはずの彼が、そんなわけはないとわかっていながらもその言葉に胸をときめかせてしまう自分はやはり、隆之にとって赤子のようなものかもしれない。
「隆之さんは、沢山の方とお付き合いしてきたのでしょう?」
初めてだなんてそんなはずないわと、言いかけて由梨はハッとして口を噤む。
隆之が微妙な顔で由梨から目を逸らしたからだ。
「あ、…ごめんなさい。そう意味では…。」
「いや…。前にも言ったが、そもそもは俺のせいだから。」
バツが悪そうに頬をぽりぽりとかく隆之に由梨は思わず吹き出してしまう。
とてもじゃないけれど、国内トップクラスの企業を率いる男の姿とは思えない。
くすくすと笑いが止まらない由梨を隆之は眩しそうに見つめる。
「でも本当のことだ。…今までの彼女たちも皆それぞれに良いところはあったけれど、こんな風に思ったことはなかった。こんな風に…余裕をなくしてしまうくらい欲しいと思うのは由梨が初めてだ。」
意外すぎる隆之の言葉に由梨は笑うのをやめてその誠実な色を湛えた瞳をじっと見つめる。
とても信じられない話だと思ったけれど、同時にこんなに真摯な瞳の彼が嘘をついているはずもないとも思った。
「考えてみれば、俺は自分から女性を好きになったこと自体が初めてなのかもしれない。」
隆之は由梨の頬に鼻を近づけて、その柔らかな感覚を楽しむようにすりすりとくすぐりながら、囁く。
「俺にとって由梨は奇跡みたいなものなんだよ。」
それは自分こそが隆之に抱いている感情だと由梨は思う。
何度も何度も彼は由梨に奇跡をもたらしてくれた。
「…隆之さん!」
なんだが胸がいっぱいになって由梨は彼に抱きついた。
「私も…私も同じです!隆之さんと結婚できて嘘みたいに幸せなんです。」
突然感情を爆発させた由梨に一瞬戸惑ったように反応が遅れた隆之はそれでもすぐに由梨を大きな腕で柔らかく包む。
由梨は隆之を見上げた。
アーモンドの色が優しく由梨を見下ろしている。
経験値の違いは仕方がないと頭では納得していても感情は別物だ。
これからも折に触れて複雑な感情になるのかもしれない。
そうだとしてもなるべく気づかれないようにしなくてはと思っていたけれど、今の隆之の言葉で全てが吹き飛んだ。
そんなことを思い微笑む由梨の背中を隆之は大きな手でぽんぽんと優しく触れる。
そして突然由梨を抱えたまま立ち上がった。
「きゃっ…!」
急に高くなった視線に、由梨は慌てて隆之にしがみつく。
そんな由梨の体をがっしりと逞しい腕が危なげなく支えている。
「な、なんですか?!」
由梨が隆之を見ると彼はにっこりと微笑んで信じられないことを口にした。
「風呂に行こう。」
「は?…え!?!ちょっ、ちょっと待って下さい!」
すぐにでも部屋を出ようとする勢いの隆之を由梨は慌てふためいて止める。
「ま、待って下さい。ひ、一人で行けます。」
バスルームは寝室のすぐ隣だ。
抱っこで連れて行ってもらう理由はない。
結婚式の夜のように酔っ払っているわけではらないのだから。
けれどそんな由梨を平然と見下ろして、またもや隆之が信じられないことを言った。
「でもどうせ二人で入るならこのまま一緒に行った方がいいだろう。」
「え!?い、一緒に!?」
驚きすぎて普段の由梨からは考えられないほどの大きい声が出た。
そのことに自分でもびっくりして慌てて由梨は口を押さえる。
けれどそうさせた張本人である隆之は涼しい顔で頷く。
「そうだ。風呂に入りたいんだろう?由梨が言ったんじゃないか。」
一体どこをどう解釈したらそんなふうになるのだと由梨は理解に苦しむ。
このシチュエーションで由梨がそれをOKするはずもないことくらい有能な彼ならわかりそうなものなのに…。
「わ、私は一人で入りたいんです!」
恥ずかしいのと混乱しているのとで、またもや大きな声が出てしまった。
けれどもう構ってはいられない。
黙っていたらこのままバスルームへ連行されてしまう。
それだけは避けなくては。
「…なんだ、そうなのか。」
隆之はやや残念そうに呟きようやく由梨を下ろした。
「そうに決まっています!」
今までの女性たちとどのような付き合い方をしたらこんな発想になるのだろうと由梨はさっき隆之の過去は気にすまいと思ったことも忘れて頬を膨らませる。
その頬を隆之はつついた。
そして笑う。
「やっぱり…こうやって怒る由梨も可愛いな。わかったよ、ゆっくり準備しておいで。俺も由梨の後に入ろう。」
多少の複雑な気持ちはあるものの、兎にも角にも、思い通りになってよかったと由梨は胸を撫で下ろす。
そしてバスルームへ向かおうと部屋を出ようとした由梨に隆之が念を押すように言った。
「ただし、俺が入っている間に先に、寝たりしたらダメだぞ。」
由梨の頭に結婚式の日に眠りこけてしまったことが浮かぶ。
「…はい。」
バスルームへ向かう廊下で、彼は意外と根に持つタイプなのかもしれないと思い、由梨はまたくすくすと笑ってしまうのだった。