リリカルな恋人たち
C.駅前デンタルクリニック
C.


右の奥歯が痛い。


「痛……」


何年も前に治療したところなんだけど、被せたものが取れて新しいのにして、それからまた調子が悪かった。

ときどき、神経に触れるようなピリッとした痛みがあって、美味しいものをいい気分で味わえないのが辛い。


「かやくでも挟まってるのかな」
「あ?」


ひとりごちたつもりが拾われてしまって、怪訝そうに顔をしかめる謙介にわたしは首を振った。


「ううん、なんでもない」
「行きつけのいい歯医者紹介するよ。友が通ってたとこ、閉院したんだろ?」


財布から診察券を取り出した謙介は、レシートの裏にさらさらっと電話番号を書いてわたしに渡した。


「ありがとう」


痛みがおさまることを願って、アルコールでガンガン消毒するしかない。
という理屈で、わたしは三杯目のビールを頼んだ。


「結婚式、途中で帰ったのって歯痛だったの?」
「あーーー、うん……?」
「なにその曖昧な返事」


枝豆を摘んだ謙介に突っ込まれ、わたしは肩をすくめる。
曖昧が得意なのは、そっちじゃん、と思った。

枝豆がなくなったので、茄子の煮びたしと冷奴を頼んだ。
柔らかいものが食べたい年頃なのだ。

行きつけの小さな居酒屋のカウンター席。

謙介はさっきから日本酒を飲んでいる。
つまらなくはないんだろうけど、特段楽しそうでもない。元からこういう仏頂面。
野球部のエースで部長。昔から落ち着いていて、中学時代は周りから一目置かれていた。

ときどきこうして謙介とふたりで飲みに来る。
知世は今夜、出張で他店のヘルプに行っている。こういうとき、必ず彼女に写真つきでメッセージを送る。

その理由は、前に知世がいないときに謙介が、目の前で女の子が裸で踊ってくれる店に行ったみたいで、それが名刺や写メからバレて大喧嘩になったからだ。
成田空港事件の発端である。
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