リリカルな恋人たち
「雨宮さん、どうぞ」
その謙介が恐らく仏頂面で治療を受けているのであろう駅前デンタルクリニックはやたら混んでる。
予約一ヶ月待ちは当たり前で、諦めようと思ったんだけど、ちょうどわたしの休日にたまたまキャンセルになった時間帯があって、そこに入れた。
地元なので来たことがあって初診じゃなかったんだけど、十数年振りなので問診票とかいろいろ書いて待っていたら、歯科衛生士さんに呼ばれた。
すれ違いで、診察処置室から出てきたマダムたちは、歯をケアするように口元に手をあてていた。
けれどもドアが閉まる直前、それは治療を終えた歯を守るためにしていた仕草ではないことにわたしは気づく。
「若先生、なんだか変わったよね! 前からカッコよかったけどさらに色気が増してますます素敵よね!」
「そうそう! あんな男前な先生に口のなか見られてるなんで、裸を見られてるみたいでもう感動しちゃう〜!」
パタン。
待合室で発生するマダムたちの悶えるような声は、次第に遠のいていった。
わ、若先生……? 裸……?
ここってたしか、以前はダンディーなすごく優しいおじさん先生だった気がする。
若い先生に代わったのかな?
立ち尽くしていると、歯科衛生士さんに案内され、わたしは奥の診察台に歩み寄った。
「雨宮 友さん! こんにちは!」
座ろうとしたとき、耳に入った聞き覚えのある声にわたしは硬直する。
「今日はどうされました?」
白衣でマスク姿の男性が、固まって静止するわたしの目の前にやってくる。
あまりの予想外さにもはや途方に暮れ、口を動かせないばかりか呼吸すらままならない状態でいると、不思議そうに顔を覗き込んできた先生は先ほどよりも砕けた口調でこう言った。
「おーい友ちゃん、聞いてる?」
わたしが緩慢な速度で目の焦点を合わせると、マスクを外し、にかっとはにかんだ。