リリカルな恋人たち
「友ちゃんがこうして僕のとこ来てくれるなんて嬉しいなぁ。あ、虫歯があることを喜んでるんじゃないんだよ? ただ友ちゃんに会いたいなってずっと心で強く願ってたから、嬉しいなって思っ」
「秋(あき)、口説いてなくていいから早く治療してください。ただでさえ予約でいっぱいなんですから」


歯科衛生士のお姉さんが、冷たい声でピシャリと言った。
若くて可愛い衛生士さんは目が笑っていなかった。ここは衛生士さんの指示に従った方がいい気がする。

え、でも……。
〝秋〟?

ここはパラレル?
パラレルワールドなの?

取り乱したい気持ちをなんとか抑え、わたしは奥歯が痛むことを伝えて治療に入った。

焼きそば男だか、矢郷シュウだか若先生だか秋だか誰だかもう知らないけれど。
彼の処置は軽やかに迅速で、手さばきは滑らかでちっとも痛くはなく、このクリニックがこんなにも人気の理由がよくわかったような気がした。


「はい、いいですよ〜起こしますね」


起こされて、口のなかをゆすぐ。


「はい、お疲れ様でした!」


満面の笑みの先生から、ティッシュを受け取る。


「……ありがとうございました」


無性に気まずくて、わたしはこうべを垂れ、顔を背けがちに椅子からおりた。

ほかにも虫歯があったので、この際全部治療することになり、わたしは受付で次回の予約をした。

診察券を受け取って、お礼を言うと踵を返してクリニックを出ようとしたときだった。


「友ちゃん!」


診察処置室から息を切らした先生が焦った様子で、勢いよく飛び出して来た。


「もうすこしで昼休みなんだ! 一緒にランチしよう」


わたしに反応した自動ドアが、開閉を繰り返している。
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