リリカルな恋人たち
待合室にいた数名の患者さんや受付のお姉さんが、わたしの前まで来て喜びを隠しきれずに浮かれている先生を、唖然とした目で見ている。


「わ、若先生の彼女……⁉︎ あの人が?」
「え〜、残念! 彼女いたんだ……」


という、ギャラリーの声にもなんら頓着せず、先生はわたしの両肩をクレーンゲームみたいにがっしり掴むと、待合席の端っこの椅子にすとんと移動させた。

もしもわたしがぬいぐるみだったら、易々と捕獲完了。


「友ちゃん、待っててね。絶対だよ?」


先生は駆け足で診察処置室に戻っていった。

目線が痛くていづらくて、腰を浮かそうとするけれど、ギャラリーのみなさんに監視されているようで動けない。
年配のおばさんは微笑ましげに包容力のある目でニヤニヤしてるし、若い女の子は涙目でわたしを睨んでいる。

……なにこれ、拷問?
はりつけの刑と名の羞恥。

なんとか無心につとめ、三十分をやり過ごした。
それがまたとても長い時間に感じられ、やっと現れた先生は、さっきの冷たい歯科衛生士さんを連れていた。


「ごめんね友ちゃん、ちょっと長引いちゃって」
「兄のわがままに付き合わせてしまい、すみません、友さん」


テヘッと笑う先生の隣で、歯科衛生士さんは深々と一礼した。
立ち上がったわたしもおずおずと頭を下げる。


「あ、兄……?」
「妹の彩(あや)です。友さんのお噂はもうしつこいってくらい、兄からいつもいつも聞かされています」
「えっっ!」


それってなに⁉︎
どんな噂⁉︎

なんかこう官能的で倒錯的な焼きそばとか? めくるめく夜の世界の焼きそば的なよからぬことが頭をよぎって、わたしはこっぴどく慌てた。

だけど。


「まー、僕の友ちゃんへの愛に対しては年季入ってるからね!」
「ほんとキモいですよね。友ちゃん友ちゃんって何十年も執着して。いつか檻の中に入れられるんじゃないかと思ってヒヤヒヤしました。」
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