リリカルな恋人たち
たとえば、図書室から貸し出した本の返却期限に間に合わなくて往生していたり、そうそう、看板に絵の具じゃなくってあのときは筆を洗う水差しを倒して台無しにして、クラスメイトに散々どやされてみんな帰っちゃったときも。

いいよ加瀬くん、大丈夫だよって、やんわり励まして大目に見てあげたっけ。

長く休んでたとき、クラスが違うけど気になってノートを取って持ってった。
でも、近くまで来て、優秀な加瀬くんがわたしなんかのノートを必要としてくれるわけないって思って、けっきょく渡さず帰ったけど。
けっこう気になってたんだよね。

お通夜で、憔悴した顔を見たから。
肩を小さくして、人目もはばからずぽろぽろ涙を流す加瀬くんがすごく心もとなくて。
寂しい思いをしてるんじゃないかって、ときどきふっと思い出す存在だった。

ほっとけないけどわたし自身、支えられる器量もないし、あのときはなにもできなかったけど、今日は。


「なんか今日は、積極的だね」


ソファに座る加瀬くんの上に跨る。

加瀬くんはニットの裾をたくし上げ、ブラをずらして胸の膨らみを手のひらで優しく揉み上げる。


「あっ」
「可愛い声」
「時間ないんでしょ? い、いいのかな」
「大丈夫」
「ん……っ、あ」


甘く声を上ずらせ、狂おしげな目で見上げられる感じがすごく。

ねえ、すごく愛おしいよ。

「僕も動いていい?」
「ダメ、今日はわたしがしたいの」


首に両手を巻きつけて、甘えるようにしがみつく。
かぶりを振ると、加瀬くんはきゅうきゅうとした声で言った。


「どうにかなりそうだよ、僕」


わたしはもう、とっくにどうにかなってるよ。
体がもう加瀬くんじゃなきゃダメになってる。

加瀬くんがいなくなったらどうしよう、って不安になってる自分に戸惑う。
ほんとうにわたし、頭がおかしくなっちゃったのかもしれないな。体もね。

体と心の奥のほうで、きゅんとときめくものを感じながら、ぼんやりとまあとりあえず、来週も奥歯の治療をしてもらおう、と思った。まずはそこからだ。

ね、大人になった加瀬くん。


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