リリカルな恋人たち
D.アブノーマルな特異体質
D.


店内は、真っ黒で三角の目をした大きなオレンジの南瓜で溢れている。

謙介の美容室の顧客さんだというこのカフェバーのマスターは魔女の仮装をしていて、子連れのお客さんにお菓子を配っていた。


「まさか加瀬が、友と付き合うなんてな」


さっきから、大皿のローストビーフをほとんどひとりでガツガツ食べてる謙介は、スツールに並んで座るわたしたちを交互に見た。


「僕たち、もうすぐ結婚するんだ」


傾けていたワイングラスをテーブルに置いて、加瀬くんはわたしの腕に腕を絡め、甘えるように寄り添った。


「マジか。今年一番の衝撃」


謙介が目を丸くする。
謙介の表情がこんな風に火を見るより明らかに変わるのは、非常に珍しい。


「いや、ちょっと待ってよ。勝手に話進めないでよ」


わたしは加瀬くんの体を押しのけた。

結婚しよう、結婚しようってこないだから会うたびに加瀬くんは、あまりにしつこく何度も何度も挨拶代わりに言ってくる。

結婚しよ、いいでしょ? って。


「あんまりぺらぺら喋んないでよね」
「えっ、なんで?」
「なんで、って。だってまだ具体的にはなにも決まってないでしょ」


とわたしが冷静な声で言うと、芝居がかった調子でガーンと言って体を離した加瀬くんは、とたんにしゅんと両眉を下降させ、潤んだ目でわたしを見た。

それまで元気よく左右に振っていた大きな尻尾をしおれさせ、意気消沈している犬みたいに。


「加瀬さんってなんか、大きなワンコみたいね」


謙介の隣に座り、ミートパイを摘んだ知世が両目を細め、微笑ましげにわたしたちを見比べる。

思考を盗み読みされたみたいで無性に恥ずくて、わたしはぽっと熱くなる頬を隠すように俯いた。


「いいね、なりたいな、犬」


テーブルに頬杖をついた加瀬くんが、そんなわたしの心中を知ってか知らずか睫毛を伏せ、穏やかな眼差しでこちらを見つめる。

それだけで次第に焦ってくる。
不自然なくらい肩が張り上がって、緊張して、恥ずかしくなってくる。
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