リリカルな恋人たち
「でも、こんな有名人とお知り合いになれるなんて、しかも親友の彼だなんてほんと信じられないなぁ」


知世はまだうっとりしている。
加瀬くんはこんなに変なのに。


「だな。つか、もっとメディアとかばんばん出ればいいのに。そのルックスならもっと本が売れんじゃね? そんで、折に触れてバーバー延岡の宣伝もしてくれたら超助かる」


謙介のいやらしい発言に、加瀬くんはにっと笑った。
口角をつり上げる笑い方は、込み上げる快楽堪えるときのものにも似ているし、無邪気に笑う天使みたいでもあった。

大人と、少年の中間みたいな人。
口元にホワイトソースが付いていたので、わたしはお手拭きを渡す。

初めて会ったときより髪が伸びてきてて、わざとなのか天然なのか寝癖みたいにうねった髪の毛がふわふわの犬みたい。


「あ。僕もお菓子貰ってこよっと」


なんの前触れもなしにいきなりすくっと立ち上がったので、テーブルに太ももをぶつけて痛てて、となり、まだなみなみ入ってたわたしのワインがグラスから溢れた。


「もー、すこしは落ち着きなよ」


口を尖らせておしぼりでテーブルを拭くわたしの背後を通って、加瀬くんがカウンターのなかのマスターのとこにスキップで向かう。


「マスター! トリックオアトリート!」


薄くピンク色になったおしぼりを見て、わたしは溜め息を吐いた。


「……加瀬って昔からちょっと変わってたよな」
「うん」


謙介の言葉に、即座に同意する。


「面白い……! あんなにハンサムなのにちょっと変ってるところが、ギャップがあってすごくいい。小説家で歯科医でしょ? 教養もあっておおらかで、素敵な人じゃない」


知世は鷹揚に笑った。
なに見定めてんのお母さんか。


「女子の人気ハンパねーな」


にやにやと冷やかすように言った謙介は、ちらりとわたしの背後に目をやる。


「気ぃ緩めてっと、ほかの女に持ってかれるかもよ」


え……?
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