リリカルな恋人たち
たどるように、謙介の視線を追う。

マスターにお菓子をもらった加瀬くんは、居合わせた子どもに話しかけられている。クリニックの患者さんかな?

その様子に入店してきたばかりのふたりの女子が、しげしげと見入っている。
いや、しげしげなんて甘っちょろいもんじゃない。獲物を狙う獣のようなギラギラとした鋭い目つきで。


「ちょ、ちょっとわたし、お手洗いに……」


反射的に体が動いた。
勢い任せで行動したからか、立ち上がるときどのくらい体に力を入れるっけ? って加減がわからなくなって、スツールがガタリと音を立てた。


「いってらっしゃい」


知世がまた、お母さんみたいな柔らかい眼差しでわたしを見てくる。
なんだろう……すごくやめてほしい。

トイレはカウンターの奥だった。
徐々に近づいていくと、女子ふたりの話し声が耳に入った。


「どうする? 声かける?」
「もちろん! あんなイケメンそうそういないよ」


ふたりは近くのクラブイベントに参加していたのか、九十年代のボディコンの仮装? をしていて、グラマラスでセクシーだった。

お顔立ちも、モデルさんみたいに綺麗で、きっとふたりなら男性たちからたくさんお声がかかるだろう。

なにも、加瀬くんを狙わなくたっていいじゃん……わたしには、加瀬くんしかいないのに。

子どもの目線に合わせて屈んで話している加瀬くんは、そのふたりの背後をすり抜けるわたしの存在には気づくまい、と思いつつ通過した直後。


「友!」


加瀬くんは、こちらを見ずに言った。


「どこ行くの? お菓子もらったよ!」


大漁大漁、と大人げなく言って、満面の笑みを浮かべる加瀬くんは、ドギマギするわたしにお菓子の袋を掲げて見せた。

わたしは個室で用を足し、洗面台で手を洗いながら思った。
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