リリカルな恋人たち
「友ちゃん、さっきカウンターのとこいた小学生の女の子気づいた? 友ちゃんよく治療の時間が被ってるから顔見知りかと思うんだけど、」
「加瀬くん……、」
「ん?」


お菓子はさ、そもそも子どもしか貰えないんじゃないの?

わたしたちはもう、三十の、いい大人なんだよ。

それでも……。

これからも、わたしと一緒にいてくれるの?


「童貞卒業したからって、ほかの人と、しない?」


手のひらをギュッと握って拳を作って、わたしは膝の上に置いた。
皺が濃くなる。加瀬くんとともに刻む歴史が。

下ネタに、鳩が豆鉄砲食らったような顔をしている謙介と知世。
特に謙介は、頼んでもいないのに口に含んでいたワインをぶっ! と吐き出すというベタな驚き方を遠慮なくわたしたちに披露した。

そして、加瀬くんを上目がちに見つめるわたしに、たじろぎながらこう言った。


「ゆ、友よ。その単語はちょっと控えようか場所考えろ近くに子どももいるんだぞ」


前後左右をくまなくチェックしながら、謙介は慌てて汚れた自分の身の回りをおしぼりで拭く。


「わたし以外の女の人とも、してみたくなったりしない?」


泣きそうだった。

いつか、わたしなんか思い出補正の産物で、中学の頃の恋心なんてのは単なる紛い物の幻想で。

それに気づいて、がっかりしない?


「しないよ。童貞じゃなくなったからって」


澄み渡るような汚れのない真剣な目をした加瀬くんは、よどみのないくっきりとした口調で言った。

そっとわたしの手を取り、力みすぎてかじかんだ両手をゆっくりと開かせる。


「友だけだよ。童貞じゃなくなっても」


そしてとても大切そうに、わたしの手を握った。
肌から伝わる温もりが、全身に行き渡る。
手だけじゃなくって、かなしい予兆に強張っていた心の奥にまで、加瀬くんの温かさが染み渡ってゆく。
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