リリカルな恋人たち
ドアにへばりついて部屋のなかを覗くと、丸川さんは怖い顔で加瀬くんを睨んでいる。
寝不足でボサボサの加瀬くんは、かなり消耗した様子でよれよれしている。


「わざわざ取りに来なくても、これからデータ送るとこだったのに」
「打ち合わせもしたかったし、シュウの顔も見たかったしね」
「そんなん、別に今日じゃなくてもいいだろ?」


憮然とした言い方をして椅子の背もたれに深く体を預け、うーんと背伸びした加瀬くんは、ちらりとわたしの方を見て、息を吹き返したようにシャキッと立ち上がった。


「友ちゃん! 待たせてごめんね」
「その態度の違いっぷりよ」


丸川さんが冷たい声で呟く。


「あ、紹介するね! こちら、僕の担当の編集者。丸山志穂さん」
「さきほどご挨拶したわ」


すんとした顔で、丸川さんはわたしを見る。
わたしは名乗ったけど、こっちの方はまだよ、みたいな。


「あ、申し遅れました。雨宮 友と申します」
「僕の婚約者」


加瀬くんがわたしの元まで来て、柔らかい表情でそう紹介した矢先、丸川さんの目つきがより鋭くなった。


「シュウの、婚約者……?」
「悪いけど打ち合わせはまた今度ってことにしてもらえない? 急いでるわけじゃないんだろ?」


なんだか、見るものに身震いを起こさせるような面差しだった。
加瀬くんは、なにも感じないのだろうか?


「延岡くんたちまだだよね? 僕急いで旅行の準備するから、もうちょい待ってて! ごめん!」


ぱちん、と鼻の前で両手を合わせ、加瀬くんはバタバタとクローゼットを開けて下着やらなにやら詰め始める。


「う、うん……」


加瀬くん……気づかないの?

この、嫉妬に満ちた丸川さんの表情に。


「……じゃああたし、また来るわね」


低い声でそう言って彼女は、加瀬くんの部屋を出た。

とても親密そうな関係に見える。
砕けた口調で気兼ねなくなんでも話し、同じ目標に向かう仕事仲間? っていうよりは。

忙しい彼の部屋から渋々帰る、彼女って感じ……?
< 37 / 42 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop