リリカルな恋人たち
「ダメだよ、お世話になってる方なんでしょ? そんな口きいちゃいけないのは、加瀬くんの方だと思う……」


小声で言ってちらりと丸川さんを見る。

彼女は一気に逆転された形勢に、とても不満そうに目を見開き、憎々しげにわたしを睨んだ。
わたしになど、フォローしてほしくないとでも言いたげに、下唇を噛んで。

そんな最悪なタイミングで、またもや足音が鳴り響いた。
今度は玄関の方から、ふたりぶん。


「加瀬さん、友いるの? 玄関のドア開いてたよー? ちゃんと閉めなきゃ……って、来客中⁉︎ ごごごめんなさい!」


慌てて口元を押さえた知世の後ろから、謙介がひょっこりと顔を出す。


「え、客? なにごと?」


不穏に形成されたトライアングルに、謙介と知世は顔を見合わせる。

怒りで目を真っ赤に充血させた知らない女性と、肩を小さく亀みたいにひょこひょこさせるわたしと、いつになく気迫に満ちたボサボサ頭の加瀬くん。

そりゃ、なにごとか、って感じよね。


「俺ら、出てた方がいいみたいだな」
「う、うん、そうね! 車で待ってるから!」


いそいそと元来た道を戻ろうとしたふたりを、「待って」加瀬くんが引き留めた。


「延岡くんたちにも、いてほしい」


謙介と知世は釈然としない様子で、足を止める。
すうっと息を吸う音が、加瀬くんから聞こえた。


「僕が書くのは、友のためなんだ」


前髪の隙間から、曇りのない瞳で丸川さんを直視する。


「中学のときから、本が好きだった友ちゃんに喜んでもらうために書いてる。だから、友がいなきゃ意味ない。書く意味ない」


聞いている四人を閉口させるような毅然とした態度は、しかし長くは続かなかった。
今度は、ひっ、ひっく、という、小刻みに息を吸う音が耳に届く。


「か、加瀬くん……。なにも泣くことないでしょう?」
「だって……友ちゃんがいなくなったら、だなんて絶望は、想像もしたくないんだ」


全然変わってないんだから。

泣き方とか、素直なところとか。
セットしないとボサボサで、顔を隠しちゃう髪とかね。
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